「可愛い画家の可愛い絵は可愛くない値段」〜日記小説2〜
散歩をしていたら、ある画家の個展が開かれているのを見つけた。
絵画とか芸術そのものに特に興味がない私。
または入場料無料の場所には何処だろうと突っ込んでゆく私である。
というわけで、突っ込んでゆくことにした。
道場破りの如く威風堂々とその門をくぐる。
まず目についたのは、画家本人であった。
慌てて周りを見渡す。しかし客は私一人であった。
この状況は私にとって刺激が強すぎた。
普段からコミュ障というわけでもないのだが、肩書があるような「特別な人」の前だと過度に緊張してしまうのだ。
画家の女性はこちらに微笑んだ。
私は脊髄の真ん中を通る中枢神経が、彼女の温かさに喜び、そして怯え死んでゆくのを感じた。
屍の私は咄嗟に微笑み返した。頑張りました、自分。
とりあえず彼女は話しかけてくるタイプの画家ではないようなので、安心して絵を見ることができた。
まず目に入ったのは右の壁に貼られた、ぬいぐるみのようなウサギや猫が遊んでいる絵だった。
安心した状態で見渡すと、同じくぬいぐるみのような熊や犬などの絵が飾られていた。どうやらこういう可愛い動物の絵を中心に描いている人らしい。
良かった。彼女は見るからに清楚な感じだから、これでドクロとか爆弾の絵だったら、死を覚悟したと思う。実際、内なる狂気が垣間見えると、普通の狂人より怖い。
私は部屋に二人きりという緊張爆発的空間であることを忘れて、さまざまな絵に見入った。
一番好きな絵は、チンチラが穴から顔を覗かせているというもの。
大人になったら絶対買うと宣言している、私が一番好きな「チンチラ」なもんだから、酔いに酔いしれた。
そして私は無料のために入ってきたけれど、買いたいと思い始めた。
画家を店員と考えれば少し解れてきた私は、意を決して話しかけた。
「この絵素晴らしいですね」
「本当ですか!ありがとうございます!」
「これらの絵は購入できるのですか?」
「はい、枚数制限はありますが」
私は一万円でも買う予定だった。正月も終わり、お小遣いを持っている私は覚悟を決めて、聞いた。
「この絵は何円ですか?」
すると彼女は当たり前のように答えた。
「16万円です」
「へぇー、あ、そうなんですね、はぁー、じゃあこれは?え、8万、まあ、それくらいしますよね、普通ね、普通、そうなんですかね?」
16万、それが彼女の内なる狂気の指数かと思った。
いや、普通に高かった。
読者に問います。こんなもんなんですか?
A4サイズのチンチラの絵って、こんなもんなんですか?
だってチンチラより高いですよ。この絵買うなら、3匹買えますよ。
確かに絵の具とか高価でしょうし、この絵を描くために彼女が費やした人生もあります。そりゃそれくらいの価値があるかもしれませんよ。
でも描かれたものより3倍高いって、なんか違いませんかね。命ってなんなんですか。
というような、こういう一定の人を敵に回す発言は、社会的淘汰の的でございます。
誠に申し訳ございませんでした。
私は、腕時計を気にするふりをして、そっと外へ出た。
私に大人の世界は早かったなと思いながら、駅に向かってゆく。
空は淡い紫色に染まっていた。私はこの美しさを写真に収めてみた。
家に帰って見返したら、無茶苦茶にブレていた。
勿論、16円の価値もないだろう。