「肉の味を覚えたドクターフィッシュ」〜日記小説3〜
私はとある水族館に行った。
順路通りに進んでゆき、ふれあいコーナーに辿り着いた。
ここでは幼稚園児くらいの子たちが、広く浅い水槽に手を突っ込んでヒトデとかナマコを触っている。触ったあと、うわあ気持ち悪いとか言っている。
触られている彼らたちからすれば迷惑でしかない。大勢の前で見せ物にされながら痴漢されて、罵倒されて。電車の中であったら大事件なことなのに。
そこらをぶらついていると、30センチほどの正方形の水槽があった。
その中には小魚が群れている。
台のところに「ドクターフィッシュ」というネームプレートが貼ってあった。
ああそういうやつかと思って、水槽を覗いた。
ぱくぱくと腹減ったような態度をとっている。
我ながら古い角質が残っている自信はある。育ち盛りの17歳。思春期、少年から大人に変わるとき。我の手など角質でできていると言っても変わらんだろう。
私は手刀を水面に切り立てた。
すると予想通り、彼らがまとめてかかってきた。ばだばだと波立った。
こんなに汚れていたんだと、威風堂々とした自信と裏腹に少しばかり落ち込んだ。
ぱくぱく、ぱくぱく、ぱくぱく。
呟きながら、目の前の光景に効果音を付け足したりして、ひとり不敵な笑みを浮かべた。私にゃどうも不審者予備軍らしい。
ぱくぱく、ぱくぱく、ぱくばく、ばくバグ、バグガブッ!?
どう考えても噛まれた。
慌てて手をぬく。
すると人差し指と手の甲のところに一匹ずつ噛みついたまま、ひっついてきた。それはピラニアのようであり、ヒルのようでもあった。
さっきの子たちの言葉を引用して、気持ち悪いと喉を潰しながら叫んでみた。
慌てて二匹を振り落とした。
地面に叩きつけられた彼らはぴちゃぴちゃと跳ね回った。
ここで2択に分かれた。
水槽に返すか、返さないか。
勿論返さなければ、彼らは死んでしまう。私は見殺しすることになる。
しかし戻してしまうと、彼らは無邪気な子たちの手を噛み喰い散らかし、骨まで噛み砕き、泣き叫ぶ声にもろともせず水槽に沈めてしまうかもしれない。
私は呆然と考えた。そんな事を考えているから、彼らの跳ねが弱くなってきた。
このままでは死んでしまうと私の良心が叫んだ。
私は喰われる恐れを顧みず、手を差し伸べて、ぬるぬるとしたからだを2つ掴んだ。そんで水槽に投げ入れた。
波紋を作りながら飛び込んだ彼らは、何事もなかったように泳ぎ出した。そして群れに混じり、どれが肉の味を覚えたドクターフィッシュなのか、分からなくなった。
私は先ほどの工程で濡れた足元に一瞥をくれ、走って逃げた。
私は大犯罪者だ。何が不審者予備軍だ。不審者そのものではないか。年下の子たちを見殺しにしたのではないだろうか。
涙をこらえながら、水族館をあとにした。
家に走り、風呂を沸かした。今日はもう疲れた。
快い音楽とともに風呂の準備ができた。
私は服を蹴りながら脱ぎ、飛び込んだ。
しかしそこには、彼らが泳いでいるのであった。喰いちぎられ、私は一瞬にして血肉と化した…
なんてね、そうだったら面白いと思った。
そんで、寝た。