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「電車で寝るのは日本だけ」〜日記小説1〜

電車に乗り込んできた二人は、見るからに旅行者だった。

どちらもキャリーケースを転がし、肩から腰下まであるリュックサックを背負っている、白人であった。

彼らは私の隣に座った。

流石でかいななんて思っていると、彼らが私の前に座っているサラリーマンを指さした。そしてオーマイガーとか言って、驚いている。

そのサラリーマンはただの疲れて寝ている男だが、何が凄いというのだろう。同級生なのか。いや、そんなはずあるまい。

私は彼らが喋る英語を頑張って、頭の中で訳していった。

なるほど。電車の中で寝ている人が珍しいらしい。

何かのテレビ番組で、海外は治安が悪いから電車で寝れないと聞いたことがある。

つまり働き詰めて死んだように眠る彼は、平和日本の誇る文化なのであるそう。

そこで私は思った。

彼らをもっと驚かせたい。

日本文化を広めたい。

作戦はこうだ。

私が寝たふりをする。そして次の駅で急に起きて、降りる、というもの。

サラリーマンが寝ていたのに、目的地になると急に目を覚まし何事もなかったように降りてゆくというのを見たことなかろうか。

これはまだ未成年の働いていない、日本人の私でも驚くことだ。

これをわざとしてやろうと思った。


作戦開始。

私は丸まるようにして、目を閉じる。電車の揺れに合わせて、力ないように頭を揺らす。なかなかの名演技。

オーマイガーとは聞こえないけど、恐らく隣の彼らは驚いて腰を抜かしていることだろう。

そして目的地に来ても、立ち上がれないんじゃないだろうか。

こんな平和な国から帰りたくないよと、泣いてふためくのではないだろうか。

私の頭の中に夢が広がる。

そしてそれが現実になることを固く信じた。


アナウンスが流れた。次は〜次は〜。

電車がブレーキをかけ始める。

私はバレないように尻で踏んでいたコートの裾を上げて、すぐに立ち上がれる準備を行う。

さあ、見てろよ。海の向こうから来た人よ。

これが日本だ。This is Japan!!


ドアが開く。

私は天を刺すが如く立ち上がり、頭に響く歓声とともに歩き出す。ああ、美しい歩き姿。今の私は、神となった。私はドアを出た。

急に冷えた空気に身震いしながら、抑えきれない笑顔で振り返る。

そして、私は絶句した。


彼らは寝ていた。ぐっすりと。よだれを垂らしながら。


ドアが閉まる。


電車が流れてゆく。


冬の駅に取り残された、私。


ひとりスマホを開いて、この文章を残すのであった。


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