30Minutes to Mars第3話「DOG FIGHT」①

━━━第4ケイブ━━━
数日が経過し、いよいよマンザ小隊の所属する、ラーク司令旗下エクスプローラーズ大隊の引越し当日となった。

二十台を超えるアーティファクト輸送車が一列に並び、アイドリングを始めている。積載された大小無数のコンテナがそびえる様は、軽く小山のようですらあった。

普段の任務ではトレーラーで移送されるエグザマクスも、今回は各種資材に荷台を譲り、自らの脚で輸送車と並走する。
もちろん、万が一の襲撃や車両トラブル時に積荷の輸送を引き継ぐため、ケイブ所属の小隊はフル動員態勢である。

「あの、これってケイブ同士を地下鉄みたいに繋いで運んだりは出来ないんですか?」

もっともな疑問を投げるジミーに、マンザが答える。

「あぁ、火星中に広がるケイブを繋ぐとなりゃ途方もない掘削作業と、地球の総敷設量以上の線路が必要になるな。今の火星にそこまでの価値を見出して、人材と費用を投資してくれる富豪でも居りゃいいんだが」

「なるほど···諦めて地上を行けって事ですね」

「そういう事です。怖いのは分かりますけど、諦めて護衛に集中してください」

「べ、別に怖いわけじゃない!」

輸送車から横槍を入れるリリーに言い返すジミーだが、その声はやや上ずっている。

すでに陽は落ちきり、気温も零度を下回ろうかという頃合だ。
闇に紛れての長距離行軍は、火星の希少な植林地帯を抜けるルートが設定されている。

隠密性など皆無の大所帯ではあるが、だからこそ生半な戦力では物資ひとつも奪えないだろう、とバイロンからの襲撃を受ける可能性も、実のところはかなり低く見積もられていた。

新参のジミーではその辺りの事情も知らず臆してしまうのは仕方ないか、と独りごちるマンザのコックピットに、当のジミーからプライベート通信が入る。

「隊長、任務の前に少しいいですか?」

「ん?まあ少しならな。どうした」

「フランクの代わりに俺を帰還要員にするって話。あれ、辞退するつもりです」

「おいおい、せっかくのチャンスを不意にするつもりか?」

今この時ですら怯えているジミーが、これ以上火星の任務に耐えられるとは到底思えない。存外の申し出に、マンザが慌てて返す。

「そりゃ、正直に言えばここでの任務は怖いです。だけど、俺だって戦う理由がありますから」

「なんだ、理由って」

「そんな珍しい話でもないですよ。家族のことです。俺、地球に母親を残してきたって言いましたよね」

「ああ」

「ベッドから起き上がれないんです。インデペンデンス・デイの時、建物の崩落に巻き込まれて、大怪我して」

「···そうか。ジミーの故郷は何処だったっけな」

「N州です。市外にある基地を狙ったバイロンが攻めてきたんですよ」

「·····!」

「隊長、どうしました?」

「いや、なんでもない。つまりあれか、お前の理由ってのは母親の治療費か」

「ええ。このご時世ですから、まともな医者なんてみんな地球連合に招集されてますし。難しい手術を頼める相手なんて、法外な金額ふっかけてくる闇医者くらいのもんですよ」

「幾らだ」

「え?」

「手術費用だよ。幾らだ」

ジミーから聞いた金額は、なるほど戦時下の地球で稼ぎ出すには非現実的な額だった。
軍属でないジミーが縋れる希望こそが、民間からも志願可能なエクスプローラーの報酬、そしてアーティファクトの獲得ボーナスだったのだろう。もちろん目標額に到達するまでの間、生き延びられればの話だが。

ベテランのマンザですら、今すぐに肩代わりする事は到底出来ない。

「分かった。とにかく今回は俺から離れるな」

そう言うのが精一杯だった。


出発から一時間あまりを経過したところで、眼前に森林地帯が現れた。
数十年前の火星開拓時代、某国主導で行われた植林施策が身を結んだ場所だ。
本来は、火星の土壌に含まれる有毒物質が植物の成長を阻害するとされていたが、その有毒物質を栄養とする微生物を大量に撒くことで、北米の針葉樹林に似た森が、数十キロに渡り形成された。

『森林地帯に入る。各自、警戒を怠るな』

『了解』『了解!』

━━━陸戦艇内、司令室━━━
長大な隊列のちょうど中央、十二号車と十三号車の間に位置取る、陸戦艇内の移動司令基地。
緊張を絶やさぬよう発信した指示に、前後方それぞれから応答が返った事を確認したラーク司令は「それにしても冷えるな」と傍らの副官に声を掛ける。

元より低い火星の気温は、水分を含んだ森林に入ったことで、より冷え込みを強めている。
道程の上ではまだ半ばほどだが、死角も多く襲撃の可能性が最も高い、この森林地帯は一つの節目だと言えた。


━━━四号車━━━
「索敵担当は仕事をしてるんだろうな」

誰に問うでもなく、ニールが呟く。
彼の72小隊が受け持つ輸送車は、隊列前方側となる四号車を割り当てられている。
今のところ目立ったトラブルらしいトラブルと言えば、前方でぬかるみに嵌りスタックした輸送車一台を、護衛担当のアルトが抱え上げて復帰させたくらいのものだった。

彼の部下たちもそれぞれ、等間隔に輸送車を囲むフォーメーションを維持したまま、統率のとれた歩調で移動を続けている。

常ならば各小隊に配備された指揮車が索敵作業の担当だが、本任務のように多数のエグザマクス達に囲まれながら移動する状況では、熱源探知や音響解析による索敵は不可能である。
故にそれらは輸送車としてのみ運用し、代わりに隊列の各所へ配置された狙撃用装備のアルトが、持てるセンサー機能を使っての索敵を担っている。

『定時連絡。こちら一号車から三号車担当、異常なし』

『四号車から六号車担当、同じく異常なし』

『七号車から九号車、同じく』

『十号車から···』


━━━九号車━━━
一連の報告が最後尾の二十四号車まで続く中、緊張をほぐそうとジミーが、横を行く九号車のリリーに通信を送る。
彼女も他のメカニックスタッフに運転を任せ、小隊内のエグザマクスと、積荷の状態をそれぞれモニターしているはずだ。

「リリー、このE3だけどさ。脚周りの関節が固くない?どうも歩きづらいんだけど」

「まさか。転換訓練の時に言った通り、通常より足首を大型化させて重量が増えてる分だけ、むしろ関節はアタリを減らして負荷が掛からないようにしてるんですから」

「それだよ。コイツのでか脚、砲撃モードの時は関節をロックして、姿勢を安定させるって言ってたろ?どうにもあの時から歩行時も軽く抵抗が掛かってるような···」

「ちょっと、私がそんな初歩的なミスすると思います?念の為そちらの駆動音はモニターしてますけど、きちんと正常値ですよ」

「ええ?おかしいな···」

そんな二人のやり取りに、ククッと苦笑いを堪えながらマンザが割って入る。

「ジミー、そりゃな。関節が固いんじゃない、お前の操縦が固いんだよ。緊張するのは分かるがもう少し落ち着けって」

「き、緊張なんてしてませんって!むしろほら、操縦に慣れてきた分だけ細かい部分が気になったっていうか···」

「分かった分かった」

通信越しにもジミーの赤面した顔が想像できて、かえってリラックス出来たのはマンザの方だった。
と同時に、やはりこの青年が居るべきは戦場でなく、母が待つ故郷だと確信する。
どうにか次の地球行き便に、彼が乗るよう説得したい。今後自分が得た獲得ボーナスは全てジミーに譲る。そうすれば今すぐの手術は無理でも、当面の生活には困らないはずだ。

(俺の贖罪にしちゃ軽すぎるけどな)

そう胸中で呟いたところで、前を行く小隊が受け持ちの八号車ごと動きを停める。
隊列を乱すわけにもいかず、やむなくこちらも停止しつつ『どうした、何か異常か?』と呼びかける。

『分からん。どうも先頭の方から停止してるようだ』

応答する声も、戸惑いを浮かべている。

つられて後方の隊列も次々と動きを停め、ついには長大な列全体が、巨大な森林に丸呑みされた状態となった。


━━━陸戦艇内、司令室━━━
司令室内にも静かに動揺が広がる様子をみたラーク司令が、傍らの副官に尋ねる。

「トラブルか?」

「今、通信士が確認しております」

『索敵担当、何があった。報告しろ』

数瞬のためらいを置いて、応答が返る。

『前方地下より熱源反応。地雷の可能性も有るため制止しました』

『地雷だと?』

オープンチャンネルで共有された通信を受け、隊列全体に緊張が走る。

「まさか、この輸送ルートが漏れていたというのか」

「馬鹿な、そんな事は有り得ない」

ラーク司令の言葉を、副官が否定する。

エクスプローラーズにおいて拠点移動は重大な生命線である。
ましてや今回のように中央(セントラル)ケイブへのルートが外部に漏れるという事は、地球連合の火星における全活動を、根底から瓦解させるに等しい。
それだけに本任務の決行日やルートはおろか、実施の有無すらも徹底的に秘匿する為、移動の決定後は各小隊とも全活動を停止させている、はずだった。

たった一つ例外を除いては、となるのだが今の彼らは、目下現れた地雷というキーワードに思考を奪われていた。

「場当たり的な襲撃ならばともかく、地雷の設置だぞ。予めこちらの進軍ルートを読まれていたと考えるのが自然だろう」

「無作為に設置されていた物の一つに当たった可能性もあります。とにかく今、全機に周囲を確認させておりますのでお待ちください」

「バイロンとて、そんな物資の無駄をするとは思えんがな···」

ラーク司令の呟きを背に、副官から通信士へと激を飛ばす。

「状況確認、急げ!」


━━━九号車━━━
「ねえ、今地雷って言いました?地雷。まさかバイロンの襲撃じゃ···」

「分からん。むしろジミー、お前のE3で周辺を探ってくれ。 長距離射撃を想定したE3のセンサーなら、索敵機よりも遠くまで見渡せるはずだ」

「センサーの使い方、ちゃんと覚えてますよね?」

「も、もちろん!···やってみます」

震える手でモニターを操作していく。

「え?これって···」

「どうした?」

マンザの問いかけに、慌てたジミーがオープンチャンネルで返す。

『じ、十二時の方向に機影多数!空からです!!』

「空だと!?」

全機へ同時に発された警告に応え、隊列全体が上空を見上げる。

と同時に、先頭車両周辺に光弾が落ちた。


━━━一号車、だった物━━━
轟音と重なり弾けた閃光の中に、まるで紙くずのように吹き飛ばされた輸送車と、粉々に爆ぜたアルトの残骸が浮かび上がる。

『敵襲!!!』

後ろに控えた護衛機全てが、光弾の来た方向へ銃を向ける。
上方に向け開始される銃撃の火線に照らされ、空中の機影が僅かに見えた。


━━━一号車上空━━━
蒼いカラーリング、額に指揮官機系統アンテナを備えたポルタノヴァが、十数機を引き連れながら空を翔ぶ。

『アドニス小隊、これより任務を開始する』

開戦の号令が告げられた。

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