30Minutes to Mars第2話「悔恨」②

バイロン火星方面軍の拠点は、かつて地球人が神々の宮殿の名を冠して呼んだ巨大火山、その裾野付近に接続した、都市ひとつ分の居住スペースを内包した巨大艦「エクソダス」である。

内部にはアーティファクト確保を任とする星遺物回収大隊をはじめ、地球方面攻略からは外れた後方支援部隊が数多く存在していることや、独自の指揮系統を持ちながらも、通常の軍隊同様に階級制度が存在することなどは地球側からも推察されている。
が、保有している戦力とその供給源、地球側のようなゲートを利用した輸送ルートを持っているのかなど、詳しい実態は未だ不明点が多い。

「先刻、地球の砂漠地帯で重要な資源拠点を巡った侵攻作戦があった事は聞いているかね?」


「耳にはしております。結果、我が軍は拠点奪取成らずだったとも」


「そう。貴重な鉱物資源の埋蔵地を奪いそこねた今、ポルタノヴァの量産ラインにも影響が出るのではないか。そう懸念する声もある」

「では少佐。貴下部隊がそんな虎の子のポルタノヴァ五機という犠牲を払いながらも、対象を確保できなかった理由を説明してもらおうか?」


艦内に設えられた広いドーム状施設の中に、複数の影があった。
薄暗い室内の上部には、全周をぐるりと囲むように配置された席に座した者達からの、その下方に直立する人物···アドニス少佐を、品定めするような視線が並んでいる。


なるほど、査問委員会の場としては最適だ。
このドームならば自分を糾弾する為に集まった者たちの声が、四方からよく響く。

悪趣味な意味で効率的に作られたロケーションを分析しながら、この場の主賓であるアドニスは、わざとらしさが無い程度に重々しい口調をつくる。

「面目ございません。
まず今回のアーティファクトは、大出力のビーム兵器でした。それを我が隊の部下が確保した矢先、地球軍の先行部隊と会敵。やむなく交戦となり、私もそちらへ対応したものの力及ばず。
先にアーティファクトを確保していた者が、危機を感じ使用を迫られた次第です」

「そしてアーティファクトの制御に失敗した」

上方の一人が、間髪入れず口を挟む。

「は。あのアーティファクトの挙動を目にした者としては、おそらくジェネレーターに構造的な欠陥があったか、あるいは何らかの制御装置を用いることで、ようやく運用できる物だったのではないかと見ます」

何人かが、わざとらしく溜め息をつく気配が伝わった。

「なにも我々は君にアーティファクトの講釈を求めているわけではないのだよ、アドニス少佐。
君達、星遺物回収大隊の任務はなんだったかね?」

今度は背後に位置する一人からだ。

「·····アーティファクトを回収し、本国へ持ち帰ることです」

「正解だ。意外にも、どうやら君は自身の任務を正しく理解しているようだな」

今度は正面近くに位置する一人が、やや神経質そうな高めの声を上げる。

「ということはだ。問題は君自身でなく、君の人選にあるのではないかね?」


「···どういう意味でしょうか?」
そう問うアドニスの口には、わずかながら怒気を孕んだ震えがにじむ。

「言葉の通りだよ。君の部隊が他から何と呼ばれているか知っているかね?」

「いえ」

「お稚児部隊だよ。
先の地球との開戦で目覚しい戦果を挙げた君が、まさか戦争孤児を集めた部隊でこんな辺境の任務に就くとは。
下賎な詮索をする者が現れるのもやむなしだ」

どうやらこの者は、常からアドニスを快く思ってはいなかったのだろう。
彼の「教え子」達の事も含め、よく把握しているようだ。

「誤解があるようなので訂正をさせて頂きたい。まず私は地球軍との戦争において、目先の戦果にこだわるだけでは勝利はないと考えています。
アーティファクトの確保こそが我がバイロンの急務。しかし正規の軍人が数多く地球侵攻に割かれる以上、彼ら孤児を徴用せざるを得なかっただけのこと」

「大仰にも『教導隊』を名乗らせてな。
だが私の見解は違う。君のそれは代償行為だ」

「どういう意味でしょうか?」

「言葉通りだよ。君が部隊に編入した子供たちは、元は君の部下だった者たちの遺児ばかりではないか。然るに君は、先の開戦で喪った部下たちに対し、つまらぬ感傷を抱いているのだろう」

「·····」

よくも調べ上げたものだ。
もしかすると、この男は監察官なのかもしれない。

「しかし、君に必要だったのは君と同様に任務を正しく理解し、遂行する人材だろうな。玩具を手に入れ、はしゃいで壊してしまうような子供達ではなく」

「·····それは、今回戦死した私の部下をも侮辱されているのでしょうか」
声の震えが一層大きくなっている事は自覚している。
しかし、この話だけは言われるがままにはしておれなかった。


地球侵攻作戦の初期段階。
アドニスと行動を共にした、少数精鋭のバイロン空挺部隊。その中に彼女、キナナ少尉は居た。

歳はアドニスよりやや上だったか。三人の子を持つ母親ならではの強さを持っていた。

「自分の腹を痛めて産んだ子供たちを、むざむざ戦死なんかさせてたまりますか!」
そう言って、豪快によく笑う女性だった。

彼女だけではない。
あの時共に戦った者たち皆、子供の世代までがこの戦争に駆り出されるような事があってはならない。
自分たちの代だけで決着しなければ。

その信念だけで戦い抜いてきたのだ。


「少佐、後のことは頼みます!子供たちを守って···」

遺言の最後は、ポルタノヴァの爆発音に掻き消された。

バイロンの地球侵攻にかける熱量を鑑みるに、あのまま遺児たちを本国に残しておけば、最悪いずれは学徒兵として徴用される日が来る。
そうなる前に、教導隊の名目で彼らを前線から離れた、比較的安全な場所で育て上げたかった。
せめて、いつか自分が亡くなった後にも生き残れるだけの力と、幾ばくかの蓄えを残して。


そうした目論見を叶えるにはしかし、火星の戦場は過酷すぎたのかもしれない。

今回のアーティファクト回収任務にしても、エクスプローラーがあそこまで性急に攻めてくる事は想定外だった。

結果としては、守るべき子らをむざむざ死地へと連れ込んでしまったのだ。
他ならぬ自らの手によって。


「少し落ち着きたまえ、少佐。感傷に耽るのは我々バイロンが勝利してからでも遅くはない。君自身が言ったように、その勝利の鍵はアーティファクト回収の成否にかかっていると言っても過言ではない」

センチメンタリズムに浸った顔をしていたのだろう。
先ほどとは別の方向から掛けられた声(今度は聞き覚えのある声だった)に、我に返る。

「心得ております」
そう返すのがやっとだった。

「ならば割り切りたまえ。あくまで能力面で人材を選定し、部隊を再編するのだ。任務を確実に達成する為のな。君の···教導隊には長期の待機任務を命じる」

「·····はっ」
ここに来て、見知らぬ上官ばかりの中に旧知の者を見つけた。
この声はアルバート准将。
バイロン火星方面軍の総指揮官であり、アドニス達を火星の任に招いてくれた恩人だ。

「それと。次の出撃は君自身がアーティファクトを確保したまえ。作戦目標は今回君が持ち帰った戦利品の解析が終わり次第、伝えよう」

「今しがた失敗したばかりの私に、任務を与えると?」
厳罰は覚悟していた。最悪、地球戦線への更迭も免れまいと。
いくらアルバート准将の温情とはいえ、これでは実質無罪放免ではないか。

そんなアドニスの疑問に答えるように、
「実際のところ、本国から圧力もかかっている。君を地球侵攻作戦に復帰させろとな。無論我々としては、君のように優秀な人材を手放したくはない。その為にも君自身にアーティファクト確保の実績を作ってもらいたいのだよ。
今回の失敗については、次なる作戦の完遂を以て不問とする。異論は?」

「いえ」
あろうはずもない。

「なら話は以上だ。作戦内容は君に一任する。我々の期待に応えてみせろ」

「はっ!」

「お待ちくださいアルバート准将。いくらこのアドニス少佐が貴方の肝入りとはいえ、些か贔屓が過ぎませんかな?」
先ほどの監察官のような男が、咎める声を上げる。
無理もなかろう。当のアドニスにもここまでの流れは予想できなかった。


「口を慎みたまえ、リドル中佐。君自身が言った事だぞ、"問題は彼の資質ではなく人選だ"と。これはある意味で君の主張を尊重した形でもある。何か不服かね?」

「·····いえ」
歯噛みする顔が見えるような声だったが、ひとまずこの場は矛を収めるようだ。
処世術としては懸命である。

「では、これにて当査問会は解散とする」

「少佐!」
廊下へ出たアドニスに、数人の部下が駆け寄る。

「どうした、お前たち」

「どうしたも何も!少佐が今回の責任を取らされるんじゃないかって皆心配で·····」
今にも泣き出さんばかりの顔をした「教え子」達。無理もない、本来ならばまだ学友と青春を謳歌しているだろう年代の彼らが、一度に五人もの仲間を喪ったのだ。

加えてこれからの自分達がどうなるのか、生殺与奪を握られているに等しい現状では、まず彼らの保護者であるアドニスの去就は、アドニス自身以上に気が気でなかったろう。

裏腹にアドニス自身は、そんな彼らに囲まれていると、先ほどまでの強張りが解れていくのを感じる。

「大袈裟だぞ。私はただ報告をしただけだ。それよりグレイ達の葬儀はどうした?」

「荷物は本国行きの物資と一緒に持って行かれるみたいです。部隊内での葬儀は、明後日の午後なら礼拝堂を使わせて貰えるって」

「そうか。こちらからも一つ、お前たちに大事な話がある。ただ今をもってお前たち教導隊は
、長期の待機任務に入ってもらう」


「待機任務?それってやっぱり、今回の失敗のせいで···」

「そう短絡的に考えるな。お前たちにはまだまだ学びが必要という事だ。今はな」

「···長期って、いつまでなんですか?」

「それはお前たちの成長次第だろう。これからも鍛錬を怠るなよ」

そうは言ってみせたものの、アドニス自身も釈然としないものは感じていた。
彼らに対しての処遇が、本国への送還ではなく待機。
つまりは今後、この艦内で彼らの衣食住を請け負っていくということだ。

このような前線で、どこにそんな余裕があるのだろうか。
アルバート准将の好意にしても、これは行き過ぎではないかと彼でなくとも思うだろう。

(それだけの利用価値が、私にあるとも思えんしな)
あるいは彼の用意した「手土産」が、よほどバイロンにとって有益だったのか。

ともあれ、今は考えても詮無いことだ。


「葬儀の件、了解したが近々私は別任務に招集される可能性が出てきた。もし立ち会えぬ時は、お前達でしっかりと彼らを送り出してやってくれ」

「別任務、ですか?」

「そう不安そうな顔をするな、つまらぬ哨戒任務だ。今回の失態はそれで手打ちという事らしい」

「わ、わかりました。どうぞお気をつけて」

たとえどんな誹りを受けようとも、彼らだけは護ってみせる。

まずは、次の任務を必ずや成功させる。
その為にも、信頼できる人材の確保は急務だ。

見送りの声を背に、鉄の意志をもってアドニスは歩き出した。

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