30Minutes to Mars 第2話「悔恨」③
火星の各地に点在する「ケイブ」(秘匿性に優れる洞穴や遺跡群を利用する機会が多いことから、そう呼ばれる)。
エクスプローラーの活動拠点、アーティファクト保管庫としての役割のみならず、長い任期を地球と異なる環境で過ごすエクスプローラー達のストレスを軽減する為、各ケイブでは様々な施策が取られている。
地球時間での日中に相当する時間帯には洞窟の天面に擬似的な青空を投影するスクリーンを備え、イミテーションではあるが樹木や芝生を再現したレクリエーションスペースを。
酒やタバコといった嗜好品(地球産より味は劣るコピー品だが)や簡素な遊興施設も備えられている事も多く、これらはエクスプローラーに与えられる獲得ポイントと引き換えに利用が可能だ。
中央(セントラル)の名で呼ばれる地球行きのゲートと繋がる火星最大のケイブを始め、ある程度の面積を持つケイブともなると、洞窟内に丸々一つの都市や繁華街を再現した場所もある。
驚くべきことに、そうした場所では独自の経済システムまでもが構築され、一個の独立都市のような様相を呈していると聞く。
それらに比べれば小規模な、最低限の居住スペースとレクリエーションスペースだけを備えたケイブ内の人工芝で一人、胡座をかいたまま手元を見つめるマンザにジミーが駆け寄る。
「マンザ隊長。フランクの葬式、司令に許可をもらってきました。『いつもの略式ならやってもいい』そうです」
「そうか。ジミーは初めてだったよな?仲間を送るのは」
「はい。いつもどうしてるんですか?」
フランクを喪った苦い敗走から数日が過ぎた。
マンザ大尉、ジミー曹長の残り二名となった第113エクスプローラーズ小隊を含め、当ケイブの駐留部隊は皆、定期的に行われるケイブ間の物資と人員移動、通称「引越し」の準備に追われていた。
マンザ達の所属する第4ケイブエクスプローラーズ大隊が、これまでの任務で確保したアーティファクトは相当数に達した。
となれば当然、バイロン軍から狙われる可能性は高まってくる。現在のケイブも外部に繋がる出口周囲をカモフラージュしてはいるが、大量のアーティファクトを保管するにはリスクが高い、という地球連合軍総司令部の判断である。
そんな最中にあって、戦死した一部隊員の葬儀に避ける余力などあるはずもない。
略式といえど許可が降りたことに、マンザは基地司令であるラークへ、胸中で謝辞を送った。
「まずは乾杯だ。あいにく俺は下戸だが、ジミーは多少飲めるんだったか?」
「はい。でも良いんですか?引越しの準備だってあるのに」
「羽目を外しすぎなきゃな。ほら」
言って缶ビールをジミーに差し出す。
もう片方の手には、自分用に開けたコーク瓶が握られている。
「ところで隊長」
「うん?」
「フランクってこんなにグラマーでしたっけ···?」
おそらく遺影の代わりだろう。マンザが芝生に置いた写真には、地球の海辺で扇情的なポーズを取る、水着の美女が大写しになっている。
「まあ、今回は機体も何も回収できなかったからな。あいつの隠してたこのピンナップにでも乾杯するしかないだろ」
「いやいや。そうはいっても流石にこれは···」
「こんなに美化されて、今頃きっとフランクも大喜びだ。ほら、毛髪も増量されてるぞ」
「わー、本当だ。綺麗な赤毛ですね」
ジミーの脳裏に、自慢のスキンヘッドを真っ赤にしながら怒り狂うフランクの姿が浮かんだ。
「何言ってるんですか。その女性、フランクの婚約者ですよ」
呆れた声で現れたのは小隊のメカニックを担当するリリー・ゴーン技術少尉だ。
「ようリリー···ってえぇっ!?婚約者!?」
「あのフランクが?こんな綺麗なモデルさんと!?」
小隊内での彼は無骨で喧嘩っぱやい男。それ以上の印象はなかっただけに、二人とも開いた口が塞がらない。
「知らなかったんですか?フランクがエクスプローラーズに入隊した理由。アーティファクト確保や撃墜数のボーナスで、地球に戻ってからの結婚資金を稼ぐんだって」
「そんな理由が···」
マンザやジミーの前では、自分は借金返済の為に火星へ来たのだと言っていた。
アマチュアボクサー時代、マフィアから持ちかけられた八百長話を反故にした為、界隈を終われ多額の負債を押し付けられたと。
追い込みをかけられた時の古傷も見せられていたのでその話も真実だろうが、更に先の未来をも見据えて彼は戦っていたのだ。おそらく女性であるリリーには、そうした事情も話しやすかったのかもしれない。
「ちなみにその女性、地球よりは安全だろうって事で中央(セントラル)ケイブの管制室勤務だって聞いてます。もしかして、今回の地球行きの便で一緒に帰るつもりだったのかも」
「なるほどな。どうりで独断専行したがったわけだ」
アーティファクトの確保と敵機の撃破。
地球への帰還前に、少しでも稼ぎを増やしたかったのだろう。
「そんな···待っててくれる人が居たんなら、悲しませるなよ。今回さえ生き延びてりゃあいつ···」
堪えきれず半泣きになるジミーの肩を、マンザがしっかりと掴む。
「ジミー、その考えは捨てとけ。戦場にもしもは存在しないぞ」
「すみません、でもさすがにこんなタイミングってあんまりで···」
そう言って周囲を見渡す。
常ならば補給物資や整備用資材のコンテナが各所に積み上げられているはずのそこは、整然と片付けられつつあった。
「そうだな。だから俺達は生き残らなきゃならん、フランクの分まで。そんでもって、あいつの分までこの厄介な穴掘り仕事も請け負わなきゃならん。切り替えろ。さもなきゃ俺達も自分で掘った火星の穴に埋められちまう」
「···分かってます」
「何にせよ、今は乾杯だ。このクソったれな穴掘りの日常から、いち早く抜け出せたフランクに…乾杯」
「乾杯」
それぞれ、手にした瓶と缶とをカチリと合わせる。それを見ていたリリーが、拗ねたように口を尖らせる。
「隊長、私の分も飲み物くださいよ」
「ああ、すまん。ただし酒は駄目だぞ。これからジミー機の改修作業なんだからな」
「え、俺のアルトをですか?なにもこんな引越し間際のタイミングでやらなくても···」
「こんなタイミングだから、ですよ。もうこんなお葬式しなくて済むように、備えは万全にしておかないと」
腰に両手を当てながらリリーが返す。
「その通り。リリー、またお得意の魔改造を頼むぜ」
「その言葉、使い方間違ってます。これはれっきとしたアーティファクト換装といって…ま、私はエグザマクスが弄れるならなんでも良いですけど」
そう言ってニマリと笑みを浮かべるリリー。
指揮車のオペレーターとメカニックを兼任する彼女は、事あるごとにエグザマクスのみならず様々なメカをカスタマイズしており(あまりのピーキーさに一部の者からは魔改造呼ばわりもされているが)、アルトは勿論、兵舎の給湯機に至るまで彼女の手が入っていないメカは、このケイブに存在しないのではないかと言われているほどだ。
「アーティファクト!?お、俺のアルトに?」
「ええ。ジミーさんの機体はこれから後方支援機になってもらいます。なので火力とセンサー強度をもっと上げなくちゃいけないと思いまして」
通常、火星で確保されたアーティファクトは、一定期間ごとに今回のような引越しを経て、地球へ移送されることになっている。
その後、地球連合軍の技術部によりアーティファクトの解析作業が進められ、その技術は配備される現行兵器へとフィードバックされるのだ。
しかし、中には例外もある。連合軍が規定したアーティファクトのクラスによっては、発掘したエクスプローラーが、自機の強化へと使うことが許可されるのである(もちろん、任務の成果報酬から天引きは発生するが)。
「いいんですか?俺、払える報酬なんてないはずだけど…」
「ま、そこは地球帰還の前祝いってやつさ」
「隊長が払ってくれるんですか!?え、なんで?」
「今言っただろう。フランクの代わりの帰還要員な、お前にしてもらうようラーク司令に許可を取り付けてきた」
「え、ちょっと待ってくださいよ!どうしてそんないきなり?」
あまりに急な帰還決定を告げられ、喜びより先に戸惑いを投げかけてしまう。
「気にすんな。俺のワガママだ」
「そんなの説明になりませんって!それに俺まだ···」
「あのー、引越し作業も控えてるんで出来れば早く作業にかかりたいんですけど?」
「お、悪い悪い。じゃあ頼むな」
おずおずと入り込むリリーに手を振って応えると、そのまま兵舎の方へと立ち去ってしまう。
「そんな、隊長···どうして」
火星に来て日も浅い内から戦力外通告を受けたような気持ちで、ただ呆然とマンザを見送るしかできなかった。