30Minutes to Mars第3話「DOG FIGHT」④


漆黒の空に、二色の線が走る。

紅いアルトと、蒼いポルタノヴァ。

紅のアルトE1は、右手に持った両刃のハルバードを。
蒼のポルタノヴァ・アドニスカスタムは、左手の高周波ブレードを。
森林上空を舞う二機は、互いに持ち合わせた近接武器を相手の飛行装置へ見舞わんと、後方を取り合うドッグファイトに突入していた。

双方の軌道が重なる瞬間ごとに、持ち手の都合上、正面からぶつかり合う重金属製の刃が、幾つもの火花を生む。

(航空機乗りの技術が、今になって役立つとはな)
エグザマクスの普及からも暫くの間を、旧時代の遺物とされていた航空機に拘り続けていたマンザは、懐かしい感覚を覚えていた。
テールスライド。インメルマンターン。
基本となるマニューバは、例え乗機が人型に変化しようとも不変だったのだ。
その事実に、あの時···インデペンデンスデイにも気付けていれば。
脳裏によぎる妄執に追い付かれぬよう、加速する。
今の自分は、過去を振り切る為に戦っているのだ。
(分かるかバイロン人、これが地球の戦い方だ)


(マンザ・ベアードか。太刀筋に迷いなし、良い腕だ)
真っ向からの打ち合いなど、久しく経験していなかった。
教導隊の設立後は指導者としての役割を己に課していたが、こうして昂ぶる心は紛れもなく、己は今も戦士のままなのだと痛感させる。
右手に携えていたビームライフルは、少ない残量を撃ち尽くし、早々にデッドウェイトとして破棄している。どのみち高速機動の戦闘中では、そう易々と当たるものではないだろう。
(そういえばこの機体、あの時撤退していたアルトか)
どこか見覚えのある色と頭部だと思えば、彼の教導隊に多数の死者を出した、アーティファクト暴走事件に居合わせた機体だ。
教導隊···彼が、この星で戦う唯一にして最大の理由。
今の己は、彼らの未来を繋ぐために戦っているのだ。
(地球人よ、過去に囚われた者などに、私は負けん)


示し合わせたように、両機がバレルロールの軌道を描く。
紅と蒼の軌跡が、遺伝子の螺旋構造に似た線を引きながら、何処までも続いてゆく。


━━━陸戦艇前━━━

マンザ達の通信を契機に、前後方車両に待機していた全小隊ともが、陸戦艇を防衛するために集結しつつある。
もはや、物量差のハンデを奇策で埋めるというアドニス小隊の戦術は前提から覆されてしまった。
中には、マンザに倣って輸送していたアーティファクトを装備した機体も居る。
二機のみで奮闘していたソロン、レイジーの元にも撹乱担当のポルタノヴァ各機が合流したが、戦力比はおよそ10:1。とても勝負にはならない。

「結局、突破ならずか···」

「どうにも時間を掛けすぎたね。どうする?」

それでもどうにか、飛び来る攻撃をいなしつつ、背中合わせに次の一手を思案する。

「レイジー、貴様のニードルは多勢相手では役に立たん。ここは私が引き受けるから、とっとと目標を確保してこい」

「ソロン君、アドニス少佐に憧れるのは分かるけどさ。それはちょっとカッコつけすぎじゃない?」

「その発言、こんな時でなければ貴様に斬りかかっているところだな。飛行速度だけならこの中で貴様が一番だろう。ただの適材適所というものだ」

「んー、君に貸し作っちゃうのは後々がめんどいなぁ」

互いに譲り合う内にも、次々と増援が湧いてくる。
と、その中でも異彩を放つ濃緑色の機体が、おもむろに叫び声を上げた。

『う·····うわぁぁぁぁっ!!』

全身を前に屈ませた中腰姿勢となるや、両脚に備えたアンカーシールドを後方へ展開、と同時に両腕のパイルバンカーを前方に射出し、前後の地面にグサリと刺し込む。
重機のコックピットのように角張った頭部が前を向き、四つ足の動物が踏ん張ったような、ややコミカルな姿。
しっかりと機体を大地に根付かせた上で、背後二門のキャノン砲が、前面に回転。
アルトE3に備わる機構、砲撃形態への移行が完了した。

『バイロンめ!ここから出て行けぇぇぇぇっ!!』

唐突な叫び声に、誰もが反応できず呆気に取られる中、砲塔から轟く発射音。
地に根を下ろしたはずの機体をすら揺さぶるほどの衝撃を伴い、亜音速の砲弾が空を切る。

着弾地点に、ゆうにエグザマクス一個小隊を飲み込めるほどの爆風が巻き起こった。
抉られた地面が周囲へ砂岩を散らし、一帯は粉塵に覆われて視認不能となる。

「くっ、皆無事か!!」

絶望的な威力を目の当たりにしたソロンが、仲間の安否を確認する。
付近に途絶えた信号は無いようだった。
いや、それどころか·····

「てめぇ、どこ狙ってやがる!」

「仲間を殺す気か!?」

徐々に晴れる粉塵の中に居たのは、数機のアルト···仲間であるはずの、エクスプローラー達だった。

見れば、彼らの足元すれすれには、砲弾がもたらした大穴が深々と穿たれている。

「ちょっとジミーさん、いきなり何してるんです!?さっきちょっとカッコよかったのに!」

彼と共に後退した九号車内から、慌ててリリーが制止の声を上げる。

『うわぁぁぁぁ!!うわぁぁぁぁっ!!!』

そんな声も聴こえぬように、更に二度、三度と続く砲撃は、尽くが明後日の方向へと見舞われ、今度は遠くの森林が、陸戦艇後方の岩山が吹き飛ばされた。

「おいやばいぞ、あいつ錯乱してやがる!」

「何処の小隊だ!?」

「とにかく待避だ!巻き添えになるぞ!」

「何処にだよ!?あいつ、森まで吹き飛ばしてるぞ!」

先ほどジミーへ怒鳴った者達含め、降って湧いた無差別砲撃に、その場に居た全員が蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑う。

「あれもトリガーハッピーってやつなのかね?」

「···地球人には馬鹿しかいないのか」

ただただ呆れを浮かべながら、アドニス小隊全員へ、この混乱に乗じた後方車両への移動を命じる。
ソロン達にとっては、予想だにしていなかった方向からの援護射撃だった。

━━━陸戦艇内、司令室━━━

「誰かあの馬鹿者を止めろ!このままじゃ、こちらに被害が出るぞ!」

悲鳴にも似た声で、副官が叫ぶ。

「ダメです!いくら呼びかけても応答がありません!」

モニターの一角には、アルトE3のデータと並び、ジミーのパーソナルデータが表示されている。

「彼は···マンザ小隊の新兵か。なるほど、これまで交戦経験一切なしと。何故そんな者に強力な砲撃機を与えてしまったのか、大尉には後でゆっくりと聞きたいところだな」

司令室内にまで伝わる震動が、カップに残ったコーヒーに作る波紋を眺めながら、ラーク司令は深く嘆息した。


━━━上空━━━

そんな砲撃音も、阿鼻叫喚の悲鳴も届かぬ距離まで離れた、彼らの主戦場。

すでに何十、いや何百合打ち合ったか知れない。
幾重にも響く重金属同士の衝突音と、コックピットまでもを貫く衝撃に弾かれながら、足を止めてはなるまいと都度、姿勢を立て直す。

パターン化されたモーション選択だけでは、すぐに見切られてしまう。
ならばと、互いに思考の行き着く先は同じだった。
マニュアルモードで、機動と格闘の操作を同時に行う。
歴戦のアドニスならばともかく、エグザマクスの操縦に特筆すべき才能を持たないマンザが、推力バランスの見極めをも併行つつ、このような離れ業をこなせる事には何より彼自身が驚いていた。
(なんだろうな、妙に力が湧いてきやがる)
これが気迫のなせる技というものだろうか。

機体のピッチを上げ、上段から。
あるいは水平に失速しながら、回転運動を取りつつ横なぎに。

相手の虚を突く瞬間を求め、両者とも攻撃の手を緩めない。

前を行くアドニス機が垂直に下降、アルトE1の視界から消える。今度はそのまま背後へ急上昇した勢いを、ブレードへ乗せて切り上げる。
が、すでにE1もループ軌道へと入り、ハルバードの刃はアドニスの背後を狙っていた。
振り向きざまに振るわれたブレードと、上下に噛み合った刃が滑りながら、また新たな火花を生む。
瞬間、最大速度で進行した両機体の前面が、頭部と頭部とが、正面からガチリとぶつかり合った。

「!!」

「!!」

一際激しい衝撃に全身の骨を軋ませながらも、意識がブラックアウトせぬよう、必死に繋ぎ止める。


まだだ。

怯むな。

怒れ。

こいつは敵だ。

あの日の空を思い出せ。


まだだ。

退くな。

昂れ。

私は戦士だ。

残してきた者達を思い出せ。


互いに背負った感情を、言語化の手間すら惜しみながら脳裏に並べていく。
そうして呼び覚まされた戦闘本能を、己の尖端に込めて相手を貫く。

奇しくも、極限状態の二人が浮かべるイメージは同じだった。
声を発さぬ雄叫びを上げながら、更に苛烈な打ち合いが続く。


━━━陸戦艇前━━━

「ジミーさん、いい加減落ち着いてください!あなた味方まで···ていうか味方しか攻撃してないです!そろそろ砲身だって焼けちゃいますよ!」

『うおおおおおおおおっっっ!!!』

そんな説得の声も虚しく、なおも砲撃が続く。
リリーの声は、物理的な意味で一切が届いていなかった。
恐慌状態のジミーは、アルトE3の装甲越しにも響く砲撃音の濁流に両耳を叩かれ、自身の声でさえも、ろくに聴こえない状態なのだ。

『止むを得ん、多少荒っぽくても構わんから、奴を攻撃して無力化しろ!』

「えぇっ!?」

とうとう業を煮やした陸戦艇から、ジミーへの攻撃命令が出された。
このどさくさに紛れ、まんまと後方車両へバイロンの進軍を許してしまった。
追撃命令を出したくとも、後ろから撃たれる事を警戒して誰も動けないこの状態では、無理もない。

「あの馬鹿め、過保護のツケがこれだ」

ニール大尉が、マンザへの非難を呟きながら、自身の小隊へ包囲命令を出す。
彼らは、無差別砲撃からの安全圏であるジミー達の後方へ居た事が幸いし、自隊の被害を免れていた。

「足元を固定しているアンカーを狙え。バランスを崩してすっ転べば、頭も冷えるだろう」

「「「了解!!!」」」

部下の返事と同時に、自身も陸戦仕様アルトのバズーカ照準を、やや足元から離れた位置へと合わせる。
威力から逆算しても、E3と九号車を巻き添えにはしない位置だ。

トリガーに指をかけたところでしかし、かすかな違和感に指を止める。

「地震だと···?」

砲撃の衝撃とは異なる、微かな震動が地面から伝わるのを感じた。
その証拠に、モニター内のターゲットサイトが、船揺れのようにゆらゆらと漂っている。

『おい、九号車』

「は、はいっ!」

すわ退避命令かと身構えた応答が返る。

『さっきから地面に得体の知れない震動を感じる。そっちの音響解析で震源を特定できないか』

「震動?あ、たしかに···」

間近に砲撃の震動を受けていたので、気付くのが遅れた。

「やってみます!少し時間をください!」

ビリーら車内のスタッフも協力しながら、測定を急ぐ。
E3の砲撃は、砲身温度の上昇に伴ってセーフティが働いたようだ。ジミーの叫び声は続くも、ノイズとなる砲撃音が止んだのは有難かった。

「え、何これ···?」

測定結果を見たリリー達は、思わず顔を見合せた。

「あ、あのっ!測定は出来たんですけど···」

『なんだ。勿体ぶらずに話せ』

「はい!震源は地中。それも、徐々に近付いてきています!」

『なんだそれは。何かが地中を移動しているのか?』

「今、熱源反応も探っています!お待ちください!」

『わかった。72小隊、その鈍亀を抑えたまま待機せよ』

見れば、セーフティによって砲撃形態から元の二足歩行形態へ戻ったアルトE3が、両脇を数機のアルトにしっかりと抑えられている。
恐慌状態から脱したのか、はたまた疲れきったのか、ジミーの叫び声も収まっている。

それを見た多数のエクスプローラーが、ジミー機へ殺到して殴り掛からん勢いだったが、陸戦艇からの一喝によって、後方車両側のバイロン追撃へと駆り出されていった。

束の間、静寂が訪れた陸戦艇付近に戦慄が走る。

「な、何なのこの熱量?進行速度も急激に···」

リリーの言葉が合図かのように、大地が大きく揺らいだ。


━━━陸戦艇内、司令室━━━

「じ、地震だと!?」
床にうずくまりながら、両手で頭を抱え込んだ副官が泣き出しそうな声を上げる。
もしかすると、彼が火星へ赴任してきたのは地震嫌いだったから、なのかもしれない。
司令室···いや陸戦艇全体が、上下左右へと揺さぶられている。
通信士達は皆、身を強ばらせるのが精一杯だ。
ラーク司令が自席のアームレストを必死に握りしめる眼前で、振り落とされたコーヒーカップが砕け散り、黒い水溜まりを作った。


━━━上空━━━

限界など、とうに越えていた。
度重なるGの変動と衝撃に、全身至る箇所の筋繊維はちぎれ、痛む肋骨は少なくとも数本、ヒビが入っていることだろう。

それでも、引けない。
目の前の相手が倒れぬ限りは。

もはや高速機動に耐えられぬ身体となってなお、二人は滞空しながらの打ち合いを続けていた。

突く。

躱す。

斬る。

躱す。

叩く。

捌く。

薙ぐ。

躱す。

倒す。

躱す。

倒す。

躱す。

倒す。

倒す。

倒す。

倒す。

倒す。

倒す。

満身創痍の中で思考は停止し、本能と反射のみで振るわれる、刃と刃。
他者から見れば、ただ精細を欠いた攻撃の応酬に映るだろう。
闘う二人だけが、互いの一太刀の重さを感じていた。


━━━二十一号車━━━

「や〜っと見つけたぁ〜」

器用にも、グッタリとしたポーズを取るアピスを見て「また無駄なモーションパターンを登録したな」と思いつつ、ソロンは確保したコンテナの番号が、作戦指示書の記載と同一である事を確認する。

「うむ、これに相違ないな。全機撤退準備!アドニス少佐と合流するぞ!」

「そういや少佐、どこまで行っちゃったんかな」

「あの方が、地球人ごときに手間取る事はあるまい。恐らく、こちらに向かっている頃合だろう」

「にしても、随分と後ろが静かになったね」
 
言われてみれば、背後から断続的に聴こえていた砲撃音が鳴り止んでいる。
濃緑のアルトが静止したのか、あるいは制止されたのか。 

「頃合だな。追撃が来る前に撤退するぞ、信号弾を上げろ」

「はっ」

近くのポルタノヴァが指示に従い、撤退信号を打ち上げる。
白煙の尾をたなびかせながら、一筋の発光弾が空中へ昇ってゆく。


それを覆い隠す高さまで、大地が吹き飛ばされた。


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