30Minutes to Mars 第2話「悔恨」④
「レイジー達が火星に?」
「はい。二人とも今はどの部隊にも所属していないようです」
オリンポス山の麓に接岸した、バイロン火星方面軍の拠点、戦艦「エクソダス」内の自室にて。
次なる作戦に向けた部隊再編に追われるアドニスは、遠く離れた知己を頼っていた。
壁に備えられたモニター向こうに居るのは、バイロン空挺部隊時代の部下であり、今は本国の参謀本部に配属中のワイドリー少尉だ。
地球侵攻の先陣を切った空挺部隊では、その戦果と相応に少なからぬ犠牲も出た。
もはや言葉を交わすことの叶わぬ者もいれば、ワイドリーのように重傷を負い、傷痍軍人として後方へ転属せざるを得なかった者も居る。
「記録によると、数ヶ月前からアーティファクト解析のオブザーバーとして招聘されてるようですね。彼とソロン少尉···いや、今は中尉でしたか。お二人は大戦初期から度々アーティファクトに関わっていましたから」
「そうだったな。しかし、数ヶ月もこの艦に居たとは···」
この半年ほどは教え子達の教練に明け暮れていた為、かつての部下が近くに来ていた事にも気付かなかった。
そもそも、同じ艦内からの人選に外部の伝手を頼るというのも滑稽な話だが、このエクソダスには小規模な都市相当の居住スペースと、それに見合うだけの人員が集っている。
アドニスが単身で駆け回ったところでそう都合よく信頼に足る仲間が見つかるとは思えなかったし、先日の査問会以降はリドル中佐子飼いの将校達が、アドニスには与せぬよう根回しをしている節もある。
いかなアドニスとて、ただ一人で次の任務を遂行する事は不可能だ。
それを分かった上での妨害であることは明らかだった。
「とはいえ、我ながら虫のいい話だ。こうして貴君らは新たな道を歩んでいるというにな」
「何を水臭いことを。私も彼らも、今でも心は空挺部隊の一員ですよ。戦う場所と、戦い方が少し変わっただけです」
残された片目で笑みを形作るワイドリーに、アドニスは深々と頭を垂れた。
普段は居住区画と司令室、そして自機の置かれた格納庫とを行き来するのみだったアドニスが、こうして技術開発部門の区画に立ち入るのは初めてだった。
「D2ブロック···ここか」
エグザマクスがそのまま出入りできるほどの大きなシャッター横には「アーティファクト解析班」の文字。
中からは時折、何かの駆動音と思しき音が漏れ聞こえてくる。
「あれ、アドニス少佐?どうしたんすか、こんなとこに。もしかして左遷(トバ)されちゃいました?」
無遠慮に掛けられた声に懐かしさを覚え、振り向く。
「久しいな、レイジー。変わりないようで何よりだ」
視線の先に居たのは、やや猫背気味な長身の男。
長く伸びきった髪を無造作に後ろで束ね、眠たげな半眼の顔には、無精髭がまばらに生えている。
レイジー・スラッカー中尉。
空挺部隊所属の頃から数年を経ても、やや伸びた髪以外は、アドニスの知る姿のままだった。
「いやー、少佐も元気そうで。あの後は先生になったんでしたっけ?」
「先生···いや、うむ。教導隊の指導には当たっているが」
「まあ立ち話もなんだし、中入りません?茶でも煎れますよ」
気だるげに促されるまま入室すると、内部にはシャッターの大きさに違わぬ、巨大な空間が広がっていた。
真っ白な壁際一面に、エグザマクスサイズの見慣れぬ兵器たちが、至る箇所へケーブルを接続された状態で並んでいる。
ケーブルの先は解析装置と繋がり、モニターを囲む数人の研究者達がデータ採取に勤しむ姿があった。
「随分と多いな。全て火星で確保されたアーティファクトか?」
「ここらにあるのは携行サイズの武器類だけっすね。もっとでかいのだったり、ユニット交換できそうな手脚類はあっち」
レイジーの示す方には、天井いっぱいまで届く長い砲身をした銃器類や、エグザマクス丸一機相当の質量を持つであろう大剣、そして彼らのポルタノヴァに似た人型機動兵器の部位と思われる、腕や脚を模したパーツが複数、鎮座している。
どれも、眺めていると距離感を見失いそうになる大きさだ。
さすがに生身での作業は難しいのだろう。そちらは複数のロイロイがせかせかと行き来し、壁際上方に並ぶ通路上の研究者達が出した指示に従い、器用に解析用ケーブルの脱着や、破損部の修繕作業をしているのが見えた。
と、その内の一人がレイジーの姿を見るや声を掛ける。
「レイジー中尉、お願いしていたナンバー323の駆動パターン解析データ、どうなりました?」
「悪い、来客中なんだわ。後でやっとく」
「···中尉がそう言う時は日が暮れても終わらないんですが」
「だいじょーぶ。火星の夜は長い」
意味不明な返答を投げながら、アドニスに向き直る。
「で、二つ隣のブロックには解析終わったアーティファクトや、それを基に作ったレプリカの試験室がありますよ。ソロン君が今はそっち担当すね。覚えてます?ソロン君」
「無論だ。今の私は、貴君らとの共闘で得た経験を部下達に伝えているのだからな」
「なるほど。んじゃま、初めてって事で比較的安全な装甲類から担当してもらうかな」
「む?いや、何の話だろうか」
唐突な切り返しに、思わず聞き返す。
「ほら、いきなり武器類の解析してもらうのは危ないじゃないすか。いや本当はね、新入りは機材のセッティングやらメンテやら···もっと言うなら床掃除やらの雑務をお願いするところなんですけど。さすがに下っ端仕事を少佐に押しつけちゃうのは気が引けますよ」
どうにも会話が噛み合わない。
あまり時間を無駄にも出来ぬ身として、アドニスは単刀直入に切り出す事にした。
「何を勘違いしているのか知れんが、中尉。私は貴君に頼みがあって来たのだ」
「はい。だからあれでしょ、教導隊が活動停止になったから、うちに再就職しに来たんですよね」
「···············」
言いようのない疲労感を覚えながら、アドニスはそういえばと彼の性格を思い出していた。
常に脱力。常に無気力。
空挺部隊という最前戦に居ながらも、積極的な戦闘行為は(面倒だという理由で)嫌い、興味を持てない事には、例えかつての上官との会話だろうが、とことん関心を示さない。
故に、同じ空挺部隊内でも、万事において筋を通さねば気が済まないソロンとは水と油。
いつもアドニスが仲介に入らねば、延々と不毛な諍いが続く有様だった。
(その二人ともが、今は解析班で任務に就いているとはな)
にわかに信じ難い事だが、そんなアドニスの思惑など何処吹く風という体で、レイジーが二人分のマグカップを持ってやって来た。
「まあ座ってくださいよ。ブラック、飲めましたよね?」
「ああ。すまない」
一応は来客用のカフェスペースだろう。
フロアの端に用意された簡素なチェアに腰を下ろした二人は、遠巻きに解析作業を続ける研究者達を眺めながら、しばしの間カップの中身をちびりちびりと飲み続けた。
「あー。で、話なんですけど。ここで働きたい訳じゃないってことは、ひょっとして俺···お呼ばれしちゃってます?」
「···随分と察しがいいな」
レイジーにしては、と胸中で付け加えつつ肯定を示す。
「実を言うとね、少佐が持ち帰った手土産の解析、俺が担当したんすよ」
「そうか。ならばもう内容も確認したのだな?」
「そりゃもうバッチリと。だから少佐がここに来る時は、リクルートか任務へのお誘いだろうなと思ってましたよ」
「白状すればそのつもり···だった。恥を承知で言えば、今の私には寄る方も無いのでな。
しかし、こうして新たな場所で任に就く中尉を見てしまっては、再び戦場を共にしてくれと頼む事には、躊躇いを覚える」
「うーん、めちゃくちゃ本音で言われちゃいましたね」
真っ直ぐ目を見たまま言われてしまっては、レイジーもぎこちなく頭を掻くしかなかった。
「当然だ。建前や保身を考えるならば、貴君の所になど来ていない」
この、どこまでも公正な性分がアドニスだったとレイジーも思い出した。
毎日何かを失うばかりの戦場で、それでも明日を信じて戦えたのは彼の元だったからだと。
「いいっすよ」
「即答か」
「面倒なやり取りは好きじゃないんで。ていうかぶっちゃけ、そんな事もあろうかと準備はしてました」
言ってチョンチョン、と指で示す先を見れば、数々並んだアーティファクトの向こう数十メートルの距離に、風変わりな一体のエグザマクスがあった。
遠くからでも目を引く、黄色と黒のツートンカラー。
手脚は標準の五割増ほど長く、なだらかな曲線を描いた独特のフォルムは、一見してアーティファクトを流用した物だと分かる。
ややオレンジがかった頭部はポルタノヴァ系統の曲面で構成されているが、口に当たる部分だけは地球側のエグザマクス、アルトに似た牙のような形状をしている。
「だいぶ様変わりしているが、これは中尉のエグザマクスか?」
近くまで移動したアドニスが、細部を観察しながら問う。
「よく分かりましたね。そそ、せっかく自由にアーティファクトを使える職場なんで、こいつをテストベッドがてら色々と弄り回してたんすけどね。良い機会だったんで仕上げました」
手前のモニターを覗くと、整備ステータスが準戦闘段階に設定されている事と共に、機体名「ポルタノヴァ・アピス」が表示されている。
それ以上にアドニスの興味を引いたのは、アーティファクトの名称だった。
「この、アーティファクト名"ANIMA-GEAR"というのは?」
「アニマギア、すね。まあ俺がつけた名前じゃないんで詳しくは分からないんですけど、地球語で生命だとか魔法だとかいう意味らしいっす」
「ふむ、見たところそれらしい武装は見当たらないが···」
「あー、こいつは武装の固有名称じゃないんすよ。どっちかつーと分類名で···
ほら、この星じゃ山ほどアーティファクトが搬入されてくるでしょ?いい加減、大まかな系統ごとにでもカテゴライズしてかないと収拾つかないぞってんで、俺と他のやつ数人で色々と仕分けしてったんすよ」
普段は冴えない昼行灯のようなレイジーも、ことアーティファクトへの観察眼だけは並外れていた。
そもアーティファクトという呼称すら不明確だった時代から、発見されたそれがどういった性質を持つのか、そして効果的な運用方法は何かを瞬時に見抜く事ができる彼の特性と、いかな兵器でも扱いこなせるソロンの技量とには、空挺部隊時代に幾度も窮地を救われた。
「してこれは、どのような分類になるのだ?」
「地球語が使われてるだけあって、地球の動物に似た姿の機動兵器っすね。骨格みたいなフレームと外装に分かれてて、火星に限らず発見頻度も高めなんすけど、なかなか完全な状態のやつは見つからなくて」
「なるほど、背面側のこれがフレームだろうか」
アドニスが指差した先に、背中から伸びる一本の節のようなパーツがあった。
先端に備えた鋭利な針から、近接武装である事が窺える。
「はい。こいつの能力なら、次の任務に最適だと思いますよ」
「一体どんな能力なのだ」
「えーっと、こいつは···」
「レイジー!!!」
レイジーの説明をさえぎって、フロア中に大声が響いた。
声の方を見ると、肩をいからせながらズカズカとこちらへ近付いてくる青年が居た。
頭髪をオールバックに撫でつけた額の下には、眉間に深く刻まれたシワと怒りに眇められた鋭利な瞳がある。
「あちゃー、めんどくさいタイミングでめんどくさい奴が来た···」
背後でレイジーが頭を抱える気配が伝わる。
「レイジー!貴様、少佐が来ているなら何故私を呼ばない!?」
「ソロン中尉、久しいな」
「ソロン君さぁ···キミ今、ナンバー256の試験中じゃなかったっけ?」
「そんなものは後回しだ!
アドニス少佐、お久しぶりです!お元気なようで安心いたしました!」
「う、うむ。中尉も息災そうで何よりだ」
食い入る勢いに気圧されながら、こちらもレイジー同様に当時と変わりないようだと間近に迫った顔を見る。
ソロン・アーネスト中尉。空挺部隊時代から、アドニスに対しては過剰ともいえる敬意を抱き、常に彼の背中を護った男だ。
「少佐、そちらの状況は聞きました!不肖ソロン、いつでも馳せ参じる用意があります!」
「あ、有難い申し出だが今回の任務は私の尻拭いだ。レイジー中尉に加え貴君まで巻き込んでしまうのは流石に···」
「何を!何を他人行儀な事を言いますか!このソロン、アドニス少佐の為とあらば今でも粉骨砕身の覚悟であります!なんなりとお使い下さい!」
この剣幕から想像するのは難しいが、普段は冷静沈着を絵に描いたような男である。
それだけに、アドニスへの忠誠の強さは当の本人にも痛いほど伝わった。
「···有難い。ならば貴君にも力添えを頼めるだろうか」
「喜んで!そうとなればレイジー!私のスカラバエウスの調整だ!グズグズするな!」
「あーめんどくさ···」
頭を抱えるレイジーとは対称に、アドニスはかつての同士が再び集った心強さから、思わず笑みを浮かべていた。
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数時間のアーティファクト換装作業を経て、自機「アルトE3」に取り付けられた頭部を見たジミーの第一声は
「·····で、この頭部?」
だった。
「はい。有視界戦闘のみならず、電子戦にも対応した高ジャミング耐性を備えています」
手元の端末で最終調整をしながら、リリーが答える。
「なんか·····カッコ悪いな」
通常のアルト頭部とは似ても似つかない、前方へ向けてせり出した直方体。その半分以上を覆うセンサー保護用バイザーは、スモークブラックに染められている。
角張った形状は、エグザマクスというよりも土木用重機の操縦席を思わせた。
「見た目と性能とは別物ですよ」
やや拗ねたような口調でリリーが咎める。
「このクラスDのアーティファクト、通称タートルヘッドは···」
「く、クラスD·····?」
アーティファクトは地球連合の規定により、大別してA〜Eの5クラスに分けられている。
これは単純な兵器としての性能のみならず、使用されている技術の特異性や発見頻度、そして現行兵器への転用可否を含めた有用性など、複合的な要素により決定される。
最低クラスのEは現行兵器以下の性能と有用性しか持たぬ「ハズレ」、ジミー機に使用されたクラスDアーティファクトは、現行兵器でも代替可能な性能でありながら、高価な制式装備より安価に運用できる、比較的発見頻度の高いアーティファクトとなる。
「希少なら良いってもんじゃありませんよ。整備性とか考えたら予備パーツの豊富な方がいいんですから」
「そりゃそうだ、ジミーの技量じゃ被弾率も高いだろうしな」
いつの間にか作業に立ち会っていたマンザが、横槍を入れる。
「な!そういう隊長のアルトだって、頭思いっきりアーティファクトじゃないですか!壊されたんでしょ!一度頭部を壊されたんですよねアレ!?」
ジミーが言う通り、マンザの紅きエグザマクス「アルトE1」は、頭部をクラスCのアーティファクトに換装した機体だった。
内部センサー類はアルトの物をそのまま流用した、いわばハリボテといって差し支えない物ではあったが。
「いや別に。こっちの方がカッコいいだろ」
「ずるい!またそうやって自分のことは棚に上げて···」
「おいお前ら」
二人の言い合いに割って入った声に振り向くと、声音と同じく不機嫌そうな顔をした四人の男達が居た。
軍服の胸には、第72エクスプローラー小隊の所属を表す部隊章が縫い付けられている。
「よう、ニールか」
「よう、じゃないだろ。こんな時に何を呑気にはしゃいでるんだ」
72小隊長、ニール大尉。マンザが火星に赴任する前からの顔なじみだ。
以前はどこかシニカルな態度の男だったが、この星に来てからは、今のような仏頂面を張り付けている時の方が多かった。
「もう間もなく引越しだって時に、遊んでる暇はないだろ。とっととお前らも荷造りを手伝え」
「悪かったな。俺はすぐに取り掛るが、こいつはこれから転換訓練だ。二人分働くんで勘弁してくれ」
「ふん、部下を大事にするのは結構だがな。何も仲間を失ってるのはお前の部隊だけじゃないんだぞ」
「ちょっと、いくらなんでもそんな言い方···」
「やめろジミー。とにかく、今からお前は転換訓練だ。引越し当日までにはソイツの扱いに慣れておけよ」
「は、はい···」
気勢をそがれ渋々と自機に向かうジミーを見届けると、ニールへと向き直る。
「聞いたぜ。今回の中央行き、お前達の発掘したアーティファクトが出物だったから、らしいじゃないか。例を言わせてくれ」
「何もお前達の為に見つけたわけじゃない」
ふん、と鼻白むニールに構わず続ける。
「だとしてもだ。おかげでジミーを早く地球に帰してやれそうだ」
「見たところ、従軍経験もなさそうなお坊ちゃまだな。おちおち背中も任せられんから、体良く帰そうという腹積もりか」
「解釈は任せるよ。ま、とっとと搬出準備しちまおう」
言って自機の格納庫へ向かうマンザには聴こえない程度に、ニールが呟く。
「いつまで引きずる気なんだ、あいつは」