30Minutes to Mars第3話「DOG FIGHT」③
━━━十一号車上空━━━
「···少し先行しすぎたか」
フライトバックパック装備のアルトを全て迎撃したところで、気付けばアドニスは、ソロンのスカラバエウスが強襲中の、陸戦艇付近まで進んでいた。
未だ、前方車両の撹乱を担当するポルタノヴァ達は殆ど健在のようだ。
彼らの報告と合わせても、通過した車両中に目標物は無かった。
となれば、これより更に後方の車両群へ、引き続き単機で向かう必要がある。
すでに防衛戦力を陸戦艇へ引きつける事には成功した。
このまま真下に居るだろうソロンやレイジーを伴って一気に後方物資をしらみ潰しに当たる、という手も考えたが、前方のポルタノヴァは、彼らの部下であるアーティファクト解析班の試験員達だ。
ただでさえ荷が重い実戦を買って出た彼らの、万一のサポート要員としても、出来ればソロン達はここより前方側に留めておきたい。
そんな逡巡を浮かべていると、後方より新たな熱源が、自機に近い高度で急接近して来た。
(飛行可能な機体は全て落としたはず。新手か?)
アドニスの疑問に答えるよう、深紅の機体が現れた。頭部の形状、そして見慣れぬ飛行ユニットの形状から、アーティファクト換装機体であると分かる。
「何であれ、これ以上時間は掛けられん」
追えるものなら追ってこいと示すように、そちらへ背を向け、高速飛行体制に入ろうとした矢先。
『俺は地球連合、元N州方面軍所属のマンザ・ベアード大尉だ!!』
周辺全てに届くよう、最大音量のオープンチャンネルで発せられた、唐突な名乗り。
「···なんだあれは?」
地上で戦うソロンも、思わず動きを停めて上空を見上げる。
「ありゃま。なんだか面白いのが居るね」
ひょっこりと現れたソロンに「遅いぞ」と釘を刺しながらも、視線は空から離せずにいた。
彼らを迎撃する為の連合機体達までもが、作戦指示になかった自陣営の闖入者に、目を奪われている。
『何者だ···と問うのは筋違いか。名乗りの礼には応えよう。
私はバイロン軍火星方面支部、星遺物回収大隊所属のアドニス・ドライブ少佐。貴様の目的はなんだ?』
この紅い機体は、明らかに自分へ用があって来たようだ。何らかの時間稼ぎが目的かとも過ぎったが、ひとまず応じる事にする。
『決着をつけに来た』
『決着?』
『お前達バイロンが地球へ侵攻した時···ある市街が襲われた。そいつらは、迎撃に出た俺の小隊を全滅させながら郊外の基地を目指した』
━━━陸戦艇内、司令室━━━
「おい、あれは何の真似だ!?」
「さ、さあ···」
通信士に怒鳴りつける副官に、ラーク司令がすっ、とコーヒーカップを差し出す。
「まあ落ち着きたまえ。君も声の張り通しでノドが乾いたろう?」
「こんな時に何を···」
「こんな時だからこそ、だ。
マンザ大尉···彼の事情は知らないが、幸いにも彼のおかげで目の上のコブ···いや空の上というべきかな。敵が足止めされている。
今の内に、体制を立て直すとしようじゃないか」
「な、なるほど」
「まずはコーヒーでも飲んで、交感神経を落ち着かせよう。ここからは、一手でも判断を誤れば詰みだぞ」
━━━再び上空━━━
アドニスがフン、と鼻を鳴らす。
『何かと思えば、戦場での禍根か。力及ばぬ者から倒れていく、それは当然の摂理だ。
泣き言を喚きに来たのであれば聞く耳持たん、他を当たれ』
『···俺が最後の一人になっても生き残れたのはな。トドメを刺される瞬間、増援部隊に助けられたからだ。
あの時、お前の仲間も一機やられたよな。あいつも力が足りなかった者だと片付けるのか?』
『!!』
ようやく、何の話かが分かった。
バイロン空挺部隊の初陣。アドニス等は空軍基地を襲撃する本隊の援護として、市街地から陽動を兼ねた挟撃を担当した。
地球側の迎撃は、フライトバックパックを装備したアルト五機のみ。満足な反撃も出来ず、時には自滅とも言える有様で次々と落ちていった。
最後に残った一機を落とすべく、キナナ少尉が獲物を振りかざした瞬間·····背後からの射撃が、少尉のポルタノヴァを貫いた。
本国に遺した子供達を守ってくれ、そんな遺言の最後は、ポルタノヴァの爆音にかき消された。
『そうか、貴様はあの時の···』
『ここまで来るのに何年も掛かっちまったよ···待たせたな。第二ラウンドといこうぜ』
手にしたハルバードを、掲げるよう水平に構える。
『目的は仇討ちか』
応じるように、アドニスも左に携えた高周波ブレードをかざす。
『ああ。あん時の、無力な俺の仇討ちだ』
━━━七号車付近━━━
「まったく···いつまで引きずる気かと思えば、今度はこれか」
徐々に後退する戦線に合わせながら、陸戦艇方面へ移動していた72小隊のニールもまた、全域に発せられた通信を聴いていた。
マンザの話は、彼にとっても他人事ではない。
あの時マンザを助けるために敵機を撃墜したのは、他ならぬ自分なのだから。
「つくづく不器用な奴だ」
人の事は言えぬと自覚もしている。
火星へ救いを求めて来たのは、マンザだけではないのだ。
奪った命。護れなかった命。
それらの重みが、いつしか彼の口数を少なくした。
だからこそ、身近でマンザが煩悶する様を見続けているのは、どうにもやりきれず憎まれ口をぶつけるしかなかった。
「72小隊、進軍速度を上げるぞ。あの馬鹿が暴れている間に、陸戦艇を援護する」
愛機の陸戦仕様アルトから指示を出し、背面の履帯を脚部の下へと移動させる。
その駆動音に紛れさせ、誰にも拾えぬよう小声で呟く。
「終わらせてこい」
━━━陸戦艇前方━━━
「アドニス少佐、加勢します!」
今にもマンザ機へ飛び掛からん勢いで、ソロンが叫ぶ。
「無用だ。この者は私が引き受ける。貴君らは私に代わり、目標へ向かえ」
「しかし···」
「空気読みなよソロン君。こりゃどう見たって、これから因縁の相手同士でタイマンしましょうって流れだ。俺らはあっち、ね」
なおも食い下がろうとするソロン機の肩に、ポルタノヴァ・アピスの手を乗せたレイジーがチョイチョイ、とマニピュレーターで後方を指し示す。
「ふん、不合理だな。だが···少佐のご意思なら従うまでだ」
得心の行かぬ様子ながらも、陸戦艇後方へとポルタノヴァ・スカラバエウスを向き直らせるソロン。
二機を囲んだ無数のアルトもまた、先へ行かせまいと一斉に攻撃体勢をとる。
地上と空中、二つのフィールドで戦闘の火蓋が切って落とされた。
━━━九号車━━━
「ジミーさん、私達も後退しましょう」
「えっ!?そんな、いきなり?」
狼狽えるジミーに、先の啖呵を切ってから妙に肝の据わった様子のリリーが続ける。
「今の通信、聞きましたよね?マンザ大尉、このままだと刺し違えてでも、あの指揮官機を倒すつもりですよ」
「だ、駄目だよ!さっき隊長はちゃんと生きて戻ってくるって約束したんだから!」
「その約束、守らせたいならここでじっとしてて良いわけないでしょ。敵はあの蒼い奴以外にも居るのよ」
「そりゃあ、そうだけど···」
今までは、マンザとフランクの庇護ありきで任務を乗り越えてきたジミーである。
エグザマクスの操縦自体は、モーションパターンの選択にもだいぶ慣れ、一通りの動きはスムーズにこなせるようにもなった(つもりだ)が、未だジミーには、対エグザマクス戦の経験など皆無だ。
先日の転換訓練も、背面二門の大型キャノンが目標に命中した事など、ついぞ無いままに終えた。
「俺なんかが行っても、かえって足でまといじゃ···」
「いつまでその言い訳を続ける気ですか」
「えっ?」
これまで聴いたことのないほど冷え切った声で、リリーが告げる。
「足でまとい。力不足。そうやって弱い自分のままで居るのは楽しいですか?」
「な、なんだよ急に」
いつもの何処か幼さを覚えるリリーと、同一人物とは思えなかった。
「もう一度言いますよ。さっきの通信、聴きましたよね?
ここに居る数百人に聴こえるように、自分が無様に負けた過去をぶちまけたマンザさんの声!聴きましたよね!」
「!!」
声を震わせながら叫ぶリリーの言葉に、冷水を浴びせられたようにハッとするジミー。
「あの人がどんな気持ちでこの星に来たか!
どんな気持ちで仲間を失ってきたか!
どんな気持ちで強くなろうとしてきたか!
どんな気持ちでアンタと私達を護ろうとしてるか!
あそこまで聴いてどうして分からないのよ!!アンタそれでも男なの!?」
操縦レバーを握る手が、ブルブルと肩まで震えている。
リリーの剣幕に気圧されたから、ではない。
彼女の言葉。マンザの想い。
それらに比してあまりにも矮小な自分への、怒りが齎すわななきだった。
「···行こう」
消え入りそうに小さな声で、しかしハッキリと。
「隊長を助けに行くぞ、リリー」
戦士の声で、宣言する。
━━━一号車付近、地表━━━
戦端となった一号車付近は、後方へと移動した戦線に置き去られ、数機のエグザマクスと輸送車の残骸を残すのみだった。
この戦場に居る地球連合軍の兵士は、皆忘れていた。
地雷と目された熱源の存在を。
この戦場に居るバイロン軍の兵士は、皆知る由もなかった。
その熱源反応が、果たして何を意味していたのかを。
この戦場に居る誰もが預かり知らぬところで、微かな地響きが今、ゆっくりと移動していく。
はるか後方の戦線へと向けて。