30Minutes to Mars第1話「火星」①
耳鳴りがジミーの身体を強ばらせた。
さして広くもないアルトのコックピット内で、まだ実戦経験のない彼は、静寂すら壊すまいと息を殺した。
『そう堅くなるな』
まるで見透かしたようなタイミングでコックピット内へ飛び込んできた声に、思わず跳ね上がりそうになる。
『た、隊長?こんな時に通信は...』
『この距離の接触回戦なら問題ないさ。それよりジミー、今からそんなに緊張してちゃ身が持たんぞ』
苦笑混じりの声は、言葉の通りに穏やかで落ち着いた響きだった。歳の頃はジミーより一回り上ほどだろうか、隊長と呼ばれた男―――マンザ・ベアードは、自機のコックピット内で器用に身を横たえながら寛いでいた。
数メートルを隔てた外界の気温は、彼等が今居る場所と夜も更けた今の時間とを考えれば、マイナス20度を下回るだろう。
機内の空調機能も無いではなかったが、人工的な温風を嫌うマンザは、タクティカルスーツのサーモ機能で体感温度を調節している。
じわりと伝わる温かさはこの静けさと相まって、軽口でも叩かなければうたた寝してしまいそうだ。
彼等が今居る場所は深さ数十キロに及ぶ大洞穴の入口付近。ぽっかりと口を開けたそれは全高30メートルに届く広さだ。
対称的に彼等の乗っている機動兵器アルトは、全高16メートルの巨体を窮屈そうに屈め、立ち膝の姿勢で待機している。
人間の五体を平板な金属のみで再構成したような異様だが、パイロットが個々に設定したモーションパターンに従い動くさまは、それぞれがもつ微細なクセをも模倣するため、さながら生身の巨人が鎧を着て動いているようにも見えた。
『よくそんなに落ち着いていられますね』
やや緊張の解けたジミーが、マンザに倣い軽口を返す。
『当たり前だろう。なにも戦争をしに来たわけじゃないんだ。俺たちはただ、捜し物を持って帰ればいい』
『そりゃあ、ただ拾って帰るだけなら俺も気が楽ですよ』
『ただ拾って帰るのさ。何も心配することはない』
『そんなこと言ったって…』
『もうじきフランクが目標地点に着く頃だ。俺たちはのんびりと連絡を待とうや』
フランクはマンザに並ぶ古参の兵士だ。幾度も共に死線を潜り抜けた彼に対して、マンザの信頼の厚さは知っている。
こちらを不安にさせまいという気遣いは有難いが、まだ『こちら側』に来て日の浅いジミーにしてみれば、楽観的にはなれなかった。
なにせ、フランクが向かったこの洞穴の先には、彼らと獲物を同じくする敵がいるはずなのだ。
そう。この、火星の地には―――