30Minutes to Mars第1話「火星」②
「ありゃあ、ランチャーか?」
数分前に200メートルほど先の光景を映した、偵察機からの録画データを確認しながら、フランクは誰にともなく呟いた。
洞穴内を進んだ眼前に突如開けた空洞は、そのまま彼等の拠点であるケイブに利用可能なほど広大だった(実際今回の発見報告はケイブの候補地をロケーションする調査チームから上げられたらしい)。
天井までの高さは、ゆうにビル一つを飲み込めるほどに深く、光源が限られた環境ではどこまでも続く深淵のようにも見えた。
微かに月明かりが漏れ入っていることと、この星の洞穴の成り立ちを考えれば、どこかに地上へと続く吹き抜けのような場所があるのかもしれない。
フランクはその手前にある通路の陰にアルトを潜ませ、駆動音を察知されぬよう、機体各部を半ステイシス状態にロックしながら前方の洞穴内を監視していた。
洞穴内は、長い年月が経過した事を示すようにエグザマクス数機を覆い隠せる大きさの鍾乳石が乱立しており、先ほどから数体の機影が作業にかかっている様子も、陰に隠れた状態では映像自体のノイズも手伝い、断片的にしか伺えない。
その僅かな情報に注視しながら見えたのは、エグザマクスの通常兵器では見慣れぬ大型の砲身。
明らかに現行兵器と異なる機構を有しているだろうそれは、どれほどの威力を秘めたものか想像もつかない。
確かなのは、そんな兵器を目の前の相手に渡してはならないということだ。
「とにかく一旦、隊長に報告だな。頼むぞ」
独り言のようにも見える調子でコンソールを操作し、今しがたの映像データを後方のマンザ達に届けるべく、機体腰部に備わった自律式AIサポートメカ、ロイロイを再び起動させた。
横幅3メートルほど、まるで野球のホームベース裏に節足動物の脚を4本ほど移植したような、見ようによってはコミカルとも言える外見だが、その性能は確かだ。予めインプットした指示内容に沿って自律行動と偵察を行い、周辺の情報を収集。
仕入れた映像および音声データを、エグザマクスとの有線接続によりフィードバックする。
今回のような遮蔽物の多い閉鎖空間での作戦には殊更欠かせないサポート要員である。
「よし、行ってこい」
腰部から外されたロイロイが、4本脚を器用にパタパタと動かしながら、足早に洞穴内へと去っていく。
『隊長、ロイロイです』
『ん、フランクからか』
数分の後、後方待機する2機の足元へ這い寄ってきたロイロイへ、マンザ機が手を伸ばす。
「どれどれ、フランクの言いつけをしっかり守ったか?」
そのまま片手で持ち上げたロイロイの後部に突き出したコネクタ部分を、自機の腰部後ろに穿たれたジョイント部分へと差し込む。
データリンク完了。コクピット内のモニター下部に、つい先程までロイロイの収集してきた映像データが再生される。
マンザは映像を数度タップし暗視モードからサーモグラフ表示へと切り替え、空洞内の最奥部に連なる鍾乳石群の中に、複数の熱源反応を確認する。
「ま、居るよなやっぱ。4…いや5機か。各機の距離が近いな。密集陣形というわけでも
なさそうだが」
どこかぎこちのない隊列は、敵の練度の低さを感じさせた。
これならば通信傍受の心配はないだろう。そう踏んだマンザは、データリンク画面端に映る長距離無線用アイコンをタップする。
『フランク、聴こえるか?』
『こちらフランク。隊長、ロイロイの映像は見ましたか?』
『ああ、よく映ってる。こいつら新兵だな』
『やはりそう思いますか。奴ら、ロイロイの接近にも気付いてなかったようですからね』
『だが油断はするな。くれぐれも俺たちが応援に向かうまでは突入を待て』
『分かってますよ。あくまで任務はアレの確保だってんでしょ』
『アーティファクト、な。あと5分で動きが無ければそちらへ合流する』
再びロイロイをフランクの元へと送りながら、モニター内の時刻表示を確認する。
『了解。通信終了』
しかし、無線を切ったフランクの顔には、先程までの言葉とは裏腹に不敵な笑みが浮かんでいた。
「隊長にはああ言ったものの、モタモタしてる間にアレを運び出されちまうのも具合が悪いよな。5対1、か···おし、決めた。ニュービー共で撃墜スコアを稼いで、またジミーのやつをからかってやろう」
そう呟くと、半ステイシス状態にしていた各所駆動系をオンにする。
タービンが回転する小さく甲高い音に、前方の機影達が身動ぎするのが見えた。
「やっと気付いたか」
万が一迎撃されてもいいように、上半身を深く沈め両の腕を眼前に閉じた姿勢のまま突進する。
アマチュアボクシング時代にインファイターだったフランクの、最も得意とするモーションパターンである。
岩陰から空洞内へと躍り出るや、鍾乳石群を吹き飛ばさん勢いで走り続ける。石を挟んでちょうど正面に2体。誰かが散開の号令をかけたのだろう、残り3体はこちらに半身を向けたまま左右へと走り出している。少しでも射角の取れる場所へ移動したいという、余裕の無さが見てとれた。
「バタついてやがるな」
期待以上に練度は低そうだ。ならば思い切り意表を突いてやろう。
そのまま鍾乳石への衝突コースを進みつつ、次なるモーションパターンを選択する。
あわやぶつかる直前に―――フランクは、自機を前方へと跳躍させた。
人の身ではかなわぬ動きも、このアルトであれば可能だ。下半身だけをグルグルと360度回転させ続け、跳躍距離を稼ぐ。
きりもみ状に着地したのは、数瞬前まで前方に居た2機のすぐ背後だ。
慌てて向き直ろうとする2機の片割れに、これもまた最適化されたモーションでの右ストレートを放つ。
単眼のカメラアイがこちらを捉えようとしたタイミングで、アルトの拳がカメラアイもろとも頭部を叩き壊す。
首関節部が衝撃に耐えきれず、頭部だけが背後の鍾乳石へ向け、ちぎれ飛ぶ。
一拍遅れて残された機体が膝を着いて倒れる頃には、残るもう1体へと肉薄していた。こちらの相手も半ば破れかぶれのように手にしたナックルガードを振り向けるが、これは頭部をスリップさせる最小限のモーションで躱した。
相手が浮き足立っている分、行動が読みやすい。フランクからは、冷静に敵機を観察できた。
ポルタノヴァ。
地球の誇るエグザマクス、アルトに対して惑星バイロンが放った機動兵器だ。
その機構はアルトとの類似も多く、驚くべきことに機体各所は互換性も備えている。
フランク自身も地球の戦場では、友軍機が鹵獲したポルタノヴァの四肢を装備した現地改修を行っている場面に何度か遭遇していた。
全体的に丸みを帯びたフォルム、アルトのゴーグルフェイスとは真逆に単眼のみの無骨な顔は、敵対機という事実と裏腹に、どこか愛嬌を感じさせる。
目の前の機体は、至って特筆すべき特徴のないノーマルな装備だ。
目立った傷もないライトグリーンの装甲を見るに、下手をすれば彼等はこれが初陣なのではないか。
そんな想像を巡らせながらも、肩ごとぶつける勢いで左のボディブローを放ち、腹部に露出するシリンダー部を叩き潰す。
これで上半身と下半身の連動は断たれ行動不能となるはずだ。
そちらが倒れるのを待たず、今度は左右に展開した残機と自機の位置関係を確認する。
自機後方、近い方に1機。
ただ駆けて距離を詰めようとすれば、反対側に展開した2機に背後から狙い撃ちにされる恐れがある。
ならば、更に予測不能な動きで撹乱してやればいい。
次なる挙動に備え、シートに強く背を押し付け両脚を踏ん張る。これから掛かる負荷に備え、深く息を吐いてから呼吸を止めると、フランクは機体を連続でバック転させた。
1回転、2回転·····回転を増す機体は、当然ながらコックピット内にも強いGが掛かる。舌を噛まぬよう全力で歯を食いしばり続けながら、あと一回転で接触するまでに距離を詰めた。
さすがにこのアクロバティックな挙動は予測していなかったのだろう。前後の各機とも咄嗟の事態に呆然と立ち尽くしたままだ。
好都合とばかりに、回転運動を両手を着いたタイミングで中止。そのままの姿勢から下半身を屈伸させ、両の脚部で跳ね上げるようにして顔面を蹴り上げる。
咄嗟に両腕で前面をガードした敵機は、しかしそれでも遠心力と屈伸力が加わった蹴りの威力に、大きく後方へと吹き飛んだ。
先の2機に比べれば反射神経も悪くない。もし生き延びられれば、なかなか良いパイロットになりそうだ。
数秒の間に急激なGの変化を受けた影響で、やや白む視界を凝らしながら、更に距離の空いた残り2機の射撃を避けるべく、向かって右側、先ほど跳び越えた鍾乳石を盾にしつつ駆ける。
先ほどから無茶な挙動を続けている。恐らく任務を終えて戻る頃には、オーバーホールが必要だろう。
だが、撃墜スコア5に加え、上位クラスと推定されるアーティファクトを確保したとなれば、充分以上に釣りが来る報酬を貰えるはずだ。
そんな皮算用を脳裏に浮かべながら、徐々に残機との距離を詰めていく。
フランクは気付いていなかった。
これほどの重要物資確保に、果たしてバイロンは新兵だけを動員するものだろうか。
彼の中の慢心と功名心が、そんな当たり前の想像さえ阻害していた。
そして、そのツケを払う時はもうすぐ傍まで迫っていた。