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私が本当にやりたいこととは。

どうも!いつも皆さんお疲れ様です、shimicoです。

早速になりますが私は中学の社会科と高校の公民の教員免許取得に向けて
免許取得に必要な科目を取りながら大学生活を送っています。
しかし今、私は進路についての岐路に立っています。
今回はその迷いや心中を今回書ければなと思っています。

辛い経験が導いたもの

元々社会科の教員免許を取得したいと思い始めたのは中学時代。
中学2年生の9月ごろに色々あり、卒業までクラスには入れず、授業も参加できず成績だけが下がる一方でした。

しかしある先生だけは違っていました。
それが社会科の先生だったのです。

その人は3年間、社会科の授業を受け持っていた先生なのですが、毎回のように私のいる教室に来てくれ、その日に配っていたプリントを持ってきてくれたり、定期テストのポイントを教えてくれたりとサポートをしてくださいました。
この些細なことが私にとっては嬉しかったのを覚えています。

そのおかげでもあり、授業に出れなくても定期テストでは50点以上は取れていました。
そして私の行動にも変化があり、中学3年生の2学期から社会科だけは授業に出ることができました。
別に社会科は得意ではありません。ただ心のどこかで社会科の先生になりたいと思うようになり大学で免許を取ろうと決心しました。

出会いと迷い

時は経ち、大学生となりました。

『生徒に寄り添えるような教師になろう。』

その思いで大学に入学、勉学にも取り組むようになったのですが大学というものは凄かったです。
大学は全国、もしくは世界から集まるものすごく大きなコミュニティであるため様々な価値観や視点が集まる場所。私はそれに圧倒されました。ですが、オンラインやSNSを通じて同じ大学の先輩や同級生と繋がることができました。

そのなかでたくさんの考えや価値観、視点を見ることができました。
そしてコロナ禍関係なく、たくさんのことに挑戦している姿を間近で見ることも多くありました。

「私は視野が狭すぎた。」
「やりたいこと全てをコロナのせいにしているのではないか」
と思いはしたものの、たくさんの人に出会えたことでその分、たくさんの価値観や視点に触れることができました。

同時に『大学卒業後教師の道に進むことは果たして正しいのか。』
と悩むことが増えてきました。

向き不向きとやりたいことの差異

ありがたいことに周りの人は私に「教師に向いている!」「教えるの上手!」「教師になりなよ!」と言ってくれる人が多いです。
しかし大学生活でたくさんの活躍や価値観を見てきたことで、自分のやりたいことを見つけることができました。
それがライターです。

小学校時代から校外学習が終わった後に書く新聞や委員会の便りを書くことが好きで、大学からも学生向けに記事を書く委員会に所属しました。
特に大学での委員会に所属したことで、どのようにすれば学生の目を惹くような表現で記事を執筆することができるのか。それを考えることがとても楽しくて仕方ありませんでした。

『好きなこと、やりたいことを職にするのがどれだけ幸せなことなのか』

そう考えるうちに私に迷いが出てきました。
今まで目指していたことをあっさりと捨ててよいのか、折角周りの人が自分の才能を見出してくれたのに無視していいのか。
だけど、自分の見つけた好きなこと、やりたいことを見逃してよいのか。

今は転職が当たり前のような時代になりました。
社会経験を積んでからのほうが子どもたちに教えられることや
導けるものが変わってくる。                       
しかし仮に3年間一般企業に就職して、3年の間、生徒に出会うこともなければその子たちの成長を見ることができないと思うとそれはそれで勿体ない。

この悩みに終止符を打たなければいけない着々と近づいています。
どちらの道に進んだとしても正解も不正解もない。ただはじめの一歩は大事で、特に就職は人生を左右する選択の一つだと思います。
だからこそ慎重に選びたいと考えています。

これを読んでいるみなさんはどう考えていますか。
※コメント欄にご記入いただけたら嬉しいです。

shimico


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