第15話 中学最後の試合

スッ…


力感なく足をがあがる。
あげた足を少し降ろしながら並進運動がはじまる。
小さいテイクバックから回旋動作を経て左足が地面に着地し、自然とトップが作られてから右腕をムチのようにしならせてボールをリリースする。
手から放たれた(リリースされた)ボールは塁間を越えたくらいの位置(約40m)の距離を自身の顔の高さより地面側に沈むことなく牧のグローブまで糸を引くように一直線に飛んでいき、牧が構えたグローブに収まる。


バシーーーッ!!!


➖➖ウエイト室➖➖


「「………」」


二人は冷や汗に似た汗を一雫たらしながら呆気にとられている。
足をあげた身体は一切のブレがなく
その立ち姿勢だけでも惹きつけられたのに、一連の投球動作の素晴らしさたるや…
それでいて放ったボールは超一級品だったのだから呆気にとられるのも致し方なかった。


「田代!なんだアイツ?!!なんであんなバケモンみたいなヤツがココにいるんだ??!」


動揺しつつ興奮する三浦を他所に『これほどまでかっ!』と思っている田代。
この瞬間に田代は決意したかのように


「コーチ、ここから作りましょう!」
「??!」
「新しい鶴崎野球部(うち)を作るときです!そして『古豪のクセに…』とバカにしてた連中を見返してやりましょう!!」
「な、な、何言ってんだお前…」


開いた口が塞がらない様子の三浦に対して訴えるように目を輝かせている田代。


「遠藤には事前に伝えてました。良い新入部員が入ってくるって。あっ(そのときは)牧のことなんですけどね。牧からうちに来るって聞いたときに1回戦負けが当たり前になってるうちの起爆剤になってくれるかも、と思いました。」


頷く三浦
牧はそれくらいの逸材なのは疑いようがない


「そして遠藤と自分(田代)で牧をサポートして牧を中心としたチーム作りがベストじゃないかと考えました。」
「しかし、監督は新入部員の扱いは…」
「もちろんわかってます!だからこそ自分ら2人でサポートしようと…」


そこまで言うと田代は呆れ顔で


「牧が入学した理由が知野と聞かされたときは驚きましたよ。牧のヤツ、めちゃくちゃ目を輝かせて自分に言うんですよ "アイツはヤバい" って」


三浦はウエイト室にあるパイプ椅子にゆっくり腰を掛けて腕を組みつつ話を聞く。


「で、どんなヤツだろうと思って見てみたら、アレです。もう笑うしかありませんよ!」


田代は天井に顔を向けながらフーっと一息吐いてから姿勢を正し、三浦の目を見てハッキリと


「でもおかげで決心がつきました!初戦突破、あわよくばベスト16くらい…なんて思ってた自分がどんだけ小さかったか!」


徐々に語気が強くなっていく田代


「行きましょう!甲子園!!」


(例え俺たちの代で行けなくても…)


➖➖グランド➖➖


「ふむっ…」


自身の胸の前で腕を組んだまま一点集中している遠藤、その先にいるのは克己。
直感型の遠藤は具体的にどこが良いなど論理的に説明はできない。しかし直感型ゆえに克己の良さを肌で感じ取っている。
田代から『左で良いヤツが入ってる』と言われていたことを思い返す。
それは牧のことだと即座に理解していた。
新入部員で左投げが1人だったこということもあるが、何より牧の抜群の運動センスは素晴らしいモノがあるからだ。
それは新入部員唯一180㎝を越えてる長身の森に対しても同じことが言えるのだが【168㎝右投げ】という見た目は至って平凡なフィジカルの選手から目が離せないでいる遠藤は、ソワソワしはじめる。
あのボールを実際に打ってみたい、と思ってしまったのだ。
打つのが無理ならせめて受けるだけでも、と。
しかし田代から今日は見てるだけにしろと言われている。それゆえに我慢しているが、今すぐにでも牧と代わりたかった…いや、牧も森も直接受けてみたいと思ったのだ。
(田代が見ていなければ…とつぶやく)

牧は笑顔が止められない。
『やっぱり知野(アイツ)はすげぇ!この学校を選んで良かった!』と言わなくても一目でわかる表情でキャッチボールを繰り返している。
牧は自身の中学最後の試合のことを思い返す。


▼▼▼▼▼▼


地区大会決勝 0ー0の同点
最終回表 上潮田中(かみしおたちゅう)の攻撃 打順は9番から
この試合一人で投げ抜いていた牧の球数は110球に至っていたのもあり、疲れが出ていた。
この回先頭打者の初球がすっぽ抜けて相手の右肩にぶつけてしまった。
地区大会とはいえ決勝戦という大きな舞台で、負ければ即引退。それでいて35度の炎天下での試合に疲労もピークを迎えていた…


「畜生(ちくしょー)、ロジン(バッグ)付けるの忘れてたぜ」


顔に流れ落ちてくる汗をユニフォームの袖で拭いながら呟く牧。
真上を向いて空に向かって一息吐き、集中力を高めてバッターと対峙する。
場面は0死(ノーアウト)ランナー一塁 バッターはバントの構え
『当然だな』と思いながらセットポジションに入る。
牧はバッターを凝視したまま右足を挙げ……一塁へ投げる!
意表を突かれた一塁ランナーは慌てて帰塁する。


セーーーフ!!


間一髪だった。次の塁へ進みたい気持ちを逆手に取った牽制球、これによりランナーはスタートが切りにくくなる。
『アウトになれば儲けモン、スタート切りにくくすることが最大の目的』
とても冷静な現状分析…デッドボールを与えた影響は微塵もない。
普段は明るくて熱いタイプで抜群の運動センス光る選手だが、こういったいざという場面で冷静になれるからこそ強豪や名門の高校からオファーが来るのだ。


「くらえっ!」


そう発しながら放ったボールはインコース高め(インハイ)のストレート、今日一番のボールだ。
"キィン"と音がした打球はフライとなり後方のファールグランドへ飛んでいき、キャッチャーのミットの中へおさまった。


「シャーーーッ!!!」


牧が左手で拳を作りグッと力を込めながら叫んだ。


ナイス牧!
ナイスボール!
ワンナウトッ!


鶴崎中は一気に盛り上がる。
牧は勢いそのままに次のバッターを三球三振に切って取る。
次のバッターは克己
これまで2本ヒットを打たれていることが頭を過(よぎ)る。
『2本とも真っ直ぐを打たれてる。変化球は(バットを)振る気配すらなかった。ここは変化球でカウントを稼いでストレートはクサいところでいい。最悪ファーボールもアリだ。』


セットポジションに入り、投球動作に移行する


『初球の入りは大事だ!』
そう思いながら投じたボールは得意球のカーブ。大きな弧を描いてバッターの手元で勢いが増すかのように急速落下するこのボールは、上潮田中の全員が苦しめられた変化球だ。
カウントを稼ぎにきているボールなので高さとコースはやや甘めだが、しっかり回転(スピン)の掛かっているボールは文句のつけようがない。
『よしっ、これでワンストライク…』


ゴッ!!


牧は一瞬何が起こったか理解できなかった。牧の持ち球はカーブ・スライダー・チェンジアップの3種類
なかでもカーブは特筆すべき精度で最も自信のある変化球でもあるがため決め球として用いることは当然のこと、カウントを稼いで自身を有利にするために使用することも少なくない。
最終回・試合の流れ・これまでの対戦結果など、諸々加味して選択して投じたボールはモノの見事に跳ね返され、気がつけば左中間を割られていた…
野球とは確率のスポーツ。そのため《絶対》はあり得ない。
だからこそ守る側はアウトにする確率の高い選択をするし、攻める側はアウトにならない確率の高い選択をする。
今回牧が選択した初球は打たれないというより《バットを振らさない》ための一球だった。


「ウソだろ…」


そう呟きながらホームのベースカバーのために捕手の後ろに回り込む
下谷中学校のグランドで行われた今試合。グランドの形は長方形のため左中間が深い作りとなっている。
克己の打った打球はその最深部へ放たれた。


"スタンディングスリーベース"


上潮田中のベンチは大盛り上がりだ。
克己は少しハニカミながらも大きなリアクションをせずに左肘に着けているエルボーガードを外す。まだ試合は終わっていないからだ。


後続をしっかり打ち取る牧。
克己に打たれたショックは大きいがそれで崩れるような牧ではなかった。
だか、この1点はあまりにもデカい…
『あの1点は仕方ない!切り替えろ!逆転(サヨナラ)狙うぞ!!』
(鶴崎中野球部)監督はそう言い、それに続いてキャプテンとチームメイトが声を張り上げる。


"俺まで回してくれ…"


そう願いながらベンチに座って集中力を高めている。


前の回は惜しかった!
繋いでいくぞ!
先頭出よう先頭!


ここぞとばかりに盛り上がる鶴崎中ベンチ
学年関係なく一致団結して上潮田中に襲い掛かろうとした瞬間


「おい、見ろ」


マウンドを指差した先にいたのは背番号6を着けた克己
ピッチャー交代:知野克己
これまで投げてきたエースに代えた上潮田中
鶴崎中と上潮田中は公式戦だけでなく練習試合を含めるとこの1年だけをみても幾度か対戦してきた。
それらの中で克己がマウンドに上がったことは一度もなかった。


いけるぞ!
サヨナラだ!
まずは繋げよ!


鶴崎中ベンチの声援はより勢いを増す。
この大事な場合で投手を交代、しかもマウンド経験が乏しいと思われる選手が投げようとしてるのだから大きなチャンスだと、野球経験者ならほぼ誰しもが思う展開である。


克己の投球練習1球目…


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