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「ひまな私の ヘチマ研究」

 スイスに住む友人がケルンに訪ねてきて、一緒にコルンバ美術館に行った時のことだ。
 へちまが2本、床の上にある。そのヘチマの上にはとろりと緑色のクリームのようなものがかかっていて、まあ、敢えて言えば「巨大抹茶エクレア」という風情だ。
 一目で「へちま」とわかる。どうしてこんなものが美術館にあるのか? もちろん、「アート」だ。でも、「これがアート!?」「へっ?」というのが、正直な私の感想。でも、ま、良しとしよう。自分だって、初めてマンゴを食べた時、種が丸じゃなくて、子どもの手のひらサイズの平べったい形だと知った時は、一人で興奮したものだ。シンガポールの留学中のことで、それを大事にスーツケースに入れて日本に持ち帰り、しばらく大事にしていたものだ。

 「あんなカビの生えたような抹茶クリームじゃなくて、もっとつやつやしたチョコレートクリームがかかっていたら、私ももっと愛でられるのに。」とかなんとか思いながら、通り過ぎようとした私に、友人がなんかしきりに言ってくる。グルケン、とかなんとか。。。 「はぁ、、?」「グルケン?」「何、言っているんだよ~、クレタさん。」「キュウリとかズッキーニみたいだって言ってるの?」「え? ちがう?」「みたいじゃなくて、これはキュウリだってぇ?」
 よく聞くと、「Seegurken!」と彼女は言っている。See、つまり、海。「海キュウリ??」「はぁ??」
「まあ、形は似てるけどさぁ、キュウリじゃないよ、これ!」 

 でもまあ、初めて見たものを、自分がよく知ったもので例えて言い、それがそのままその名前になってしまうっていうことは世の中に結構ある。たとえば沖縄には、「海ぶどう」っていうのがあるし、、。ブドウとは全く関係なく、海の中で成長する海藻で、市場なんかで食用に売られている。見た目はプチプチしていて、確かにブドウって感じ。それから、たしかフランス語では、ジャガイモは「Pommes de teere」。直訳すれば、「地面から取れるりんご」。

まあ、人は見たことのないものはそんなふうに例えて表現することがよくあるよね。 
「でもねぇ、クレタさん! これは、キュウリじゃないってば~。」
ところが、彼女はまだ、いろいろ話してくる。

 「これは海の中に育つ」とか、「建築ではミニチュアの樹を作る時の葉の部分としてこれをつかう。」「緑に塗ったりする」とかなんとか、結構自信ありげに話すのだ。

 「ど、ど、どうすりゃいいの??」「何が起こっているんだ、今?」

 私達があんまり熱心に、しかも日本語でだんだん声も大きくなりながら、巨大エクレアに近づきつつ話すもんだから、危険を察した美術館の人は、この巨大エクレアを守らなくてはとばかりに、飛び出してきて私たちに声をかける。「触らないでください!」「近づき過ぎないで!」

(はい、はい、わかってますよ~。これに触ろうなんて思ってませんよ~。)
 私は、ただこれがヘチマで、(ま、ドイツ語でなんて言うかなんて知らないけどさ、、、)ウリ科の植物で、日本ではよく棚からぶら下げるように育てて、その実を収穫したら2週間ぐらい水の中に入れておいてさ、表皮などが腐ってきたら、中の種など取り出すんだよ。乾かして適当な大きさに切れば、天然たわしのできあがり~、、、と、クレタさんに、説明していただけです。まあ、このあたりから種を掻きだすんだよ、と膝をついて指をヘチマに近づけて説明はしたけどさ、、、。

 建築家の彼女は30年もの長きにわたり、これをSeegurken (海キュウリ)と呼び、海の中でふわ~ふわ~と気持ちよさそうに揺られて大きく育つヘチマ達を頭の中に思い描いて慈しんできたのだから、急にそれを地上の上に持ってこいと言われてもできなかったんだろう、、、。納得のいかない顔で、私の顔を見つめ返してくる。建築事務所の同僚とも、仕事中「ちょっと、その海キュウリ取って」ってな具合で、普通に会話をしてるんだそうだ。

 仕方がないんで、私は小学校でへちまを実際に育てたんだよ。理科の授業で、たわしまで作ったんだ。。。と、当時の先生の顏とか、種を取り出すって言ったって、腐っているんだからすごく臭いし、ドロリとしてきれいじゃないし、、、というところまでは話さなかったけれど、頭の中に次々に浮かんでくる思い出に自分でもちょっと驚きながら、いろいろ説明してやった。あまりの具体性に、クレタさんもさすがにちょっと、自分が間違っているかも、、、と思い始めたようだった。

 クレタさんが休暇を終え自分の家に戻った後、私は、ヘチマ情報を彼女に送った。ぶらりぶらり棚からぶら下がっているきれ~な写真とか、たわしの作り方のホームページのURLとか。「あなたは建築家だからねぇ、ぜひいつか自分の設計した庭か、公園にヘチマ棚のトンネル作ってね。素敵だと思うよ~。」なんて、言葉を添えて。

 その後、彼女は、知人友人に、ヘチマの写真を添えてこれは何だと思うかと聞いて回った。日本人6人は、全員正解。そりゃそうだろう。小学校の理科で習うし。自分が使わなくたって、ヘチマたわしは見かけるし、、。じいちゃんが使ってた、なんてこともあっただろうし、、。興味が湧くのはスイス人の返答だ。彼女の調査結果では、スイスに住んでる、ドイツ人、オーストリア人、など14人中、正解は2人。(すごいね。アジア旅行中に見かけたのかもね。) 「見たこともないし、見当もつかない」と答えた人は6人。「海キュウリと言います。海の中で育つんです」と自慢げに返答したのは、4人‼ \(^^)/ 

ほほほ。うふふ。なんか微笑ましいよね。彼らの頭の中を想像すると、、。ヘチマが海の中でぶ~らぶら、してるんだぜ。うふふ。へへへ。ひひひ、、。ま、あなたもスイス人に会ったら、是非「これ、ナンダか知ってる?」って聞いてみて下さい。


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