ここではないどこかへ”これまで通りを超え続けた”先に見えた世界 ~2021年秋からの旅路~
2021年の秋。ふと旅に出たくなった。
ここではないどこかへ。
そして、まだ見たことがない風景を見るために。
この先10年で、自分が本当にやりたいと思えることのために…
NVCという言葉を知ったのは、2016年の冬だった。
非暴力コミュニケーション、共感的コミュニケーションと呼ばれている。
アメリカの臨床心理学者マーシャル・B・ローゼンバーグ博士によって体系化され、提唱された、自分の内と外に平和をつくるプロセスと言われている。
屋久島のネイチャーガイドの研修会で、たしかファシリテーションに関する講習だったと思うが、石川世太さんと出会った。この研修会は屋久島でガイドをはじめる人たちが受けるものだったが、既にガイドをしているメンバーにも参加が開かれていた。だから、自分も参加することができた。
その時、はじめてNVCの考え方に触れた。当時とても関心を抱いたことは覚えている(その証拠にまだその時の資料が手元にあった)のだが、自分の中でどう扱ったらよいのか?その時は、そこに目的や意図を持つことができなかった。だから、関心は次第に薄れていってしまった。
それから5年の年月が経ち、あらためてNVCと再会することになった。
屋久島へ移住して10年が経ち、この先10年で、自分が本当にやりたいと思えることをやり切るために、自分の身近な人たちとの関係性であったり、仕事やビジネスで関わる人たちとの関係性であったり、そしてこれからともに未来を創造する仲間との関係性であったり、それらとどう向きっていくのか、それはとても大切なことだと感じはじめていた。
そう、ここではないどこかへ行ってみたくなったのだ。
そんな時だった。世太さんのFacebookの投稿で、NVCの学びのコミュニティを知った。どこかへ旅をしようとしているところにちょうど列車が止まり、ドアが開くような、そんな瞬間だった。
気づいた時には、その列車に飛び乗るかのように、世太さんにメッセージを送っていた。5年ぶりのメッセージだった。
ささっちょが今気掛かりなことを可能な範囲で教えてほしいし、その気掛かりを超えた先に、どんな願う世界があるのか話をしたいと世太さんからはメッセージが返ってきた。とても温かいメッセージだった。
僕が求めていた旅とは、物理的な移動を伴う旅=旅行ではなく、過去に置いてきた忘れ物を取りに行くような、そんな旅だったのだ。
それは、自分自身の原点に帰るような旅。
5年前ではなく、なぜ今NVCの学びへ参加したのか?
これが、3か月に渡って参加した学びのコミュニティ。
なぜこのコミュニティで学びたいと思ったのか・・・
それは、次の10年で自分が本当にやりたいと思えることをやり切るために、そして、それは、身近な仲間や大切な人たちを置き去りにするのではなく、ともにあり続ける中で、実現していきたい。そう思い描いていたからだと思う。
この気持ちを何となく…のままにせずに、
確かなものにするために参加したのだと今はそう思っている。
そして、それは今確かな感触としてここにある。
もうひとつ僕の中で大切な体験だったので、ここに書いておきたいと思うことがある。それは、NVCとの再会のプロセスには、「もりのおはなし会」の存在が大きかったということ。屋久島で自然と関わるガイドという生業をしている僕には、「もりのおはなし会」が大切にしている、"人と人との間にも森のような関係性を"という理念がとてもしっくりと来るものだった。
「もりのおはなし会」は、僕とNVCの関係性をつなぎ直してくれたと言っていいと思う。だから直感を信じて、列車に飛び乗れたのだと思う。
社会の中で生きていると、
「これを言ったら嫌われるのではないか?」
「そのことで縁が途絶えてしまうのではないか?」
「今この話をするのは、雰囲気や関係性を壊してしまうかもしれない。」「思うことはあるけど、どうせ分かってもらえないから黙っておこう。」「こんなことお願いしたら、どう思われるか分からない。止めておこう。」
そんな恐怖や不安、無力感を感じることがある。
僕も東京で暮らしていた時、そして屋久島に来てからもそんな風に思うことが多々あった。そしてそれはいつも自分の中に釈然としないモヤモヤをため込むことになっていた。
特に、東京で働いていた時は、そんな状態が続いていたように思う。当時、一緒にプロジェクトをやらせてもらった取引先の方と屋久島で再会して、あの当時の笹川さんは「ロボット」みたいでしたよね~と言われるくらい(笑)←今だから笑える。
※今、この方とは、お互いに新たな関係でお仕事をさせてもらっている。
このままの自分では、相手も自分もどこかへ置き去りにしてしまう。
そして、その先に、自分が望むような世界はないのではないか?
きっとどこかでそう感じていたのだと思う。
だからこそ今必要なのだと思い、この機会を手にしたのだと思う。
”これまで通りを超え続ける意図”を育んだ、その先にあったこと
全く初めましての4名と世太さんで2週間に1回、オンラインで集まりの場が開かれた。毎回、その場へのチェックイン時間に、想像以上の気づきがあって、そこで得られたことを挙げたらキリがないくらいだ。
2回目の会だったと思う。最近ちょっとモヤモヤした話をするタイミングで、自分は「ある人に謝ったできごと」(このコミュニティの場がなければ人に話さないようなたわいもない話だったのだが)を話し、それがほかの仲間に共振・共鳴して、それぞれが自分の中のできごととして気づきを得ていた。そして、その気づきからまた僕も気づきを得るという気づきの循環のような体験をした。
自分が発した言葉が人を介してまた自分に気づきとして帰ってくる。
ああ、人の心もひとつでつながっているんだなと感じた瞬間だった。それはまるで屋久島から見る大海原のように水平線の先までずっとずっと先まで海がつながっていて、地球はやっぱりひとつなんだと思えるような感覚だった。
そして、その場に、気がかりになっていたことを、ただだだ言葉として紡いでいく、発していくこと。そして、それをただ聴いてくれる仲間がいること。”これまで通り”では得られなかった可能性が広がっていくことを体感した。
目の前のあなたの言葉をただただ聴くこと。そして、受け止める。
同じように自分の声にも耳を傾けること。受け止めること。
すべてはそこからはじまる。
このコミュニティで得られたことはどれも終わりもなければ、完成というものもない。常に現在進行形の中にある。この文章を書きながら今そう思っている。
自分が願う世界へ歩みを進めていく中で、人にとって大切な願いや必要を大切に扱う意図を自分の中に持ち続けることが、全てのはじまりなのかもしれない。そんなことを感じさせてくれた3か月間だった。
僕が指導者養成をしている、日本キャンプ協会のキャンプディレクター養成のテキストに出てくるカウンセリングの父・カール・ロジャーズがこんな言葉を残している。
この体験を受けて、2022年をどんな一年にしたいのか?
2022年は…
もっと自由に表現すること。(文章、写真、プレゼンテーションetc.)
自分の中の”Spontaneity”を大切にすること。
仲間たちの”Spontaneity”も大切にしながら、頼り頼られる関係を築いていくこと。
そうやって社会とつながり続けたいと思う。
自分のもしくは自分たちの正しさを固持するのではなくて、常にボーダーライン=境界線を行き来しながら、自分・自分たちにとってのあちらの世界を常に探究していきたい。
ネイチャーガイドとして自然や人と接していく中で、キャンプインストラクター養成の学びの場の中で、そして、2022年に本格稼働する「ゲストハウス トッピーの森」という空間の中で、それは実践していくことになると思う。
最後に、この学びの場で、ありのままの自分を受け止めてもらい、ありのままのあなたを表現してくれた4人の仲間に「ともに時間を過ごしてくれてありがとう」とあらためて伝えたい。
そして、この場へ参加するきっかけを与えてくれた「もりのおはなし会」という場の存在にもありがとうと伝えたい。
そして、これで本当に最後に…
世太さんのクラスがはじまります。
今、ちょうど列車のドアが開いたかも!と思う方はぜひ。
今日も一日が健やかでありますように。