はじまりの旅のはじまり~『屋久島で生きると戯れる、はじまりの旅 2022春』旅日記#01~
『屋久島で生きると戯れる、はじまりの旅 -A journey back to the origin-』まであと2週間ちょっととなったところで、旅の前の気持ちを整理しておこうと思って筆をとった(正確にはキーボードを叩き始めた)。しかしながら、文章は未完成のまま旅がはじまり、そして旅は終わってしまった。
でも、『はじまりの旅』を終えて思うのは、この文章を3年後、10年後に読み返すかもしれない自分へは、この書きかけの文章からはじまる旅の振り返りを残しておきたいと思った。
旅のはじまりは、ある人からの問いだった
この旅を創ろうと思ったのは、ある人からのひとつの問いかけがあったからだ。それはこんな問いだった。
「"屋久島"がただの観光としての地ではなく、もっと”人間の生き方やあり方”にアクセスできる、そんなサービス展開はできないだろうか?」
その彼女は、いつも本質的な問いを投げかけてくる。
そういう本質的な問いには、言葉で答えるのではなく、行動で答えるものだと思っている。だから、その問いの答えに少しでも近づける一歩は何なのか考える日々がはじまった。それが、2021年の夏の終わり。
自分の中でも2018年あたりから、山岳ガイドやネイチャーガイドとして活動する中で、今のままでいいのだろうか?というどこか腑に落ちない何かをずっと抱えていた気がする。それは自分自身に対して、自分が提供するツアーであり、旅に対してもだ。でも、その腑に落ちない何かをようやく言葉にしてもらった、そんな問いだった。
しかし、考えれば考えるほど、これは一筋縄ではいかないし、小手先のテクニック(そんなものを自分が持ってるか分からないけど)でどうにかなるもんじゃないなと…。
ひとりで抱えきれない問いをもらってしまったなというどんより感…笑
じっくりと腰を据えて考えるほかないなと、長期戦を覚悟した。
屋久島に移住して、ずっと屋久島のガイドとして活動してきた自分としては、屋久島で、どんな自然体験を提供したら、人間の生き方やあり方へアプローチができるのか?
あーでもない、こーでもない。
ひたすら想像し続けていた。イマジンしていた。
ところが、ある日、その彼女とのやり取りから、こんな言葉をもらった。
「いったん、自然体験という概念を忘れて考えて見てはいかがでしょう?」
正直、笑うしかなかった。。おそらく、その時のぼくは引きつり笑いをしていたと思う。振り出しに戻るどころか、周回遅れに…。
心の中では、「おいおい、ガイドから自然体験を取ったら何が残るんだよ!」と呟いていた。「もうガイドじゃないじゃん!」と。
でも、しばらく思考を巡らしているとすっと浮かんできたことが…
「あれ?」「あ、そうか!」「もしガイドから自然体験を、自然体験を提供するということを取り除いたら、そこに残るのは、自分の生き様であり、あり方なんじゃないか?」
「でも、あり方…って?」
身近なところにいた「beの肩書き屋さん」に救われる!?
迷宮入りしてしまったので、もう一人で考えるのは、やめることにした。
そういえば、昔、beの肩書きってワークをやったなあ。自分のあり方を肩書きにしてみるワークだって言っていた気がする。
そして、偶然にも、身近なところにbeの肩書屋さんがいることに気付いた。
そう、それは今回、『屋久島で生きると戯れる。はじまりの旅 -A journey back to the origin-』をともに創り上げた、あかりんだった。
あかりんとは、彼女が大学生の時に「環境系学生未来塾in屋久島」で初めて出会い、2020年からは、一次産業と観光業を結び合わせる取り組みをしている『屋久島ブルーツーリズム推進協議会「うお泊屋久島」』の活動で農泊コンサルタントとして伴走支援をしてくれていた。
『beの肩書き』の著者である兼松佳宏さんは、”「beの肩書き」のワークショップが特徴的なのは他者の力を借りることだ。”とおっしゃっているが、まさにその言葉通り、僕は他者の力を借りることにした。
そして、あかりんの「beの肩書き」にはひとつ特徴がある。それは、NVC(Nonviolent Communication=非暴力コミュニケーション/共感的コミュニケーション)という対話の手法を取り入れて、その人の”あり方”を表現していくことだ。
※NVCとの出会いと再会のお話は、本題から外れるので、もし詳しく知りたい方がいればこちらをご覧ください。
そして、ぼくがあかりんから頂いた「beの肩書き」が…
『今と直感で光を照らす、星座の描き人』
2,3時間の対話を通して、出てきたbeの肩書きには、”今”、”直感”、"光を照らす"、"描く"というワードが…。あれ?そんなワード口にしたっけ!?”直感”ってもっと自分はロジカルに考えているつもりだったけど、仕事をする上で、致し方なくそうしていたのかな!とか、20代のころは、”笹川は何考えてるかわからん”とか”取っ付きにくい”とか上司や先輩から言われていたけど、それは”今”、”直感”を大切にしていたから、他人から見れば一貫性とかあんまりなかったのかもな~とか気づきが溢れてきた。
でも、"描く"というワードには、自分のあり方の一貫性が詰まっているなと思った。学生時代に編集者や映画監督に憧れた自分、社会に出て、広告に携わる仕事をしていた自分や、その後、屋久島でネイチャーガイドになった自分。自分の人生を振り返ると、いずれも”描く”という表現に関わる存在であり、見えないものを創りあげていく過程に喜びを感じていたんだなと思った。
そして描くものが”星座”(beの肩書きに入っていたワードで一番ビックリしたワードだった)。なんて壮大なものを描こうとしているんだろう笑
でも、描くものが"星座"ということは、ただ自分を表現したいわけじゃないのかもしれない。僕を取り巻く無数の星たちひとつひとつに光を照らし、その存在それぞれを表現したいんだなとその時はぼんやりとではあるが気づかせてくれた。
星と星がつながり、ひとつの星座が生まれようとしていた
そして偶然はふたたび訪れる。
この旅を創るきっかけとなる問いをくれた彼女と、その問いへアプローチする手掛かりをくれたあかりんがひょんなことから繋がったのだ。
星と星がつながり、それはまさに星座になろうとしているように見えた。
まだあまり聞きなれない言葉かもしれないが(いずれメジャーになると思っている)、「森林浴ファシリテーター」という人材を養成する場を開いている、問いをくれた彼女、そしてその学びの場に訪れたあかりん。こうして二人は繋がった。
そして、その学びの場から帰るや否や、
「屋久島で森林浴を取り入れた旅を一緒に創らないか?」と打診した。
あかりんからは意外にも二つ返事でOKが出た。
それは、はじまりの旅のはじまりの瞬間だった。
屋久島観光の三種の神器を封印して創る旅とは
この時、ぼくの頭には、ある考えがあった。
それは、屋久島観光の三種の神器「縄文杉」「白谷雲水峡」「宮之浦岳」をこの旅では、敢えて封印すること。
すでに多くの方が訪れ、今もなお行ってみたいというニーズがある3つの場所には、多くの方の想いと情報が溢れている。この3つのスポットは旅の目的にするには十分過ぎるほどの場の力がすでにある。つまり、顕在的なニーズがはっきりと存在するのだ。その力に頼るすべもあるが、今回は敢えてそれをしたくなかった。天邪鬼とよばれても笑
そして、何より”屋久島の観光をアップデートする”を4年前からミッションに掲げる「島結-SHIMAYUI-」の役割だと思った。
これから創り上げる旅に、旅を届ける者として、どんな意図を持って形にしていくのか?
ぼくらが創る旅に惹かれて屋久島に行ってみよう、そう思ってもらえる旅を創ろうと…。何かをするため、どこかに行くため、それが目的ではない旅を届けたいと…。
そして、旅を創り上げていく中で、あかりんにも例の問いを共有した。
「"屋久島"がただの観光としての地ではなく、もっと”人間の生き方やあり方”にアクセスできる、そんなサービス展開はできないだろうか?」
ぼくは、これから創る旅を通して、この問いを探求してみたいと、これから創り上げる旅の作り手としての意図を伝えた。
「わたしも屋久島でそういう仕組みができたらいいと考えている。」とこの問いを探求していくことに共感してくれた。
そして、「あかりんはどんな旅を創りたいの?」と問いかけると、
「自分の原点に帰るような、そんな旅を届けたい。」と話をしてくれた。
ここまでが、『屋久島で生きると戯れる。はじまりの旅 -A journey back to the origin-』がはじまる半年前の話。
なぜ”A journey back to the origin”と旅のタイトルに付けたかというと、あかりんの”自分の原点に帰るような旅”からヒントを得たのだ。そして、the originは、自分の原点と捉えることもできるし、われわれ人間の原点=起源に帰る旅とも捉えられるなと思った。
ちょっと大げさだけど、生命の起源は宇宙にある。beの肩書きで”星空の描き人”という肩書きをもらったぼくとしては、スケール感として、”星空”に対して"宇宙"をあてはめてみたわけだ。悪くないなと思った。
そして、この半年後。思いもよらない旅が出来上がることになる。
それは、この旅に関わる人々の”生きると戯れる”が”屋久島で”まさに表現される旅となったのだ。そして、この3泊4日の旅が終わっても、この旅をともにした仲間たちにとっては、それぞれの生き方やあり方の”はじまりの旅”となったと思う。
この旅を一言で表すなら…それは”あり方を表現する旅”。
さて、その旅がどんな旅だったのかは、また次の機会に書くことにしよう。
ここまでお読み頂いた皆様、ありがとうございました。
旅はつづく。