全身透明
春の夜は寒い。寒いというか、冷たい。街を歩けば冷えた空気がキュッと身に沁みる。欲望にまみれた人たちの目をくぐり抜けて、全身透明になった私は、急ぎ足で秘密の場所へと向かう。
さっきからずっとこちょこちょしているが、お前はちっとも笑わずに、つんと立っている。こんなに寒くて平気なのだろうか。それにしても、あぁ、お前までおれの存在に気付かないなんて。誰にもバレたくないから全身透明になったのに、これじゃ意味が無い。しばらくくすぐったけれど、こちらを見向きもせず、薄着で真顔のキュートなお前。何度声を掛けても尻を撫でても気付かない。おれの落胆にも気付かない。冷たい。そのうち、ずる、と鼻水がこぼれ落ちて、お前の小さな額に付着した。お前は空を見上げて、何を思うの。ちょっとこれ以上はマジで風邪引きそうやからごめんやけどおれ先に帰るわ、と言い残して帰宅した。不透明なお前はずっとおれを待っている。
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