明魚人イェップ
明魚人(めんぎょじん)とは、明太子と人間の、あいの子である。半魚人に明太子が足されたと考えると分かりやすいかもしれぬ。とはいえ、魚卵と魚が合わさったような生き物が人の顔面をして人の言葉を話す、と言われても、大概の人には到底理解し難いものであり、この奇妙奇天烈な化物は長らく認知されることも無く、田舎のドブでひっそりと集落を形成して暮らしていたそうである。
イェップは、メスの明魚人である。両親は共に洪水で他界した。明魚人の産卵は、身体中の魚卵から一斉に子供を産み落とす、というもので、非常に気持ちの悪い光景だという。一人ぼっちのイェップは行くあても無く、3歳のときに、無数の兄弟を探す旅に出たのだが、見つからず、放浪した結果、いつの間にか都会に出てきてしまった。初めての都会を前に、イェップは舞い上がることもなく、悲しげな顔で「くっさ」と呟いた。人間たちが暮らす街はあまりに臭くて、耐えられなかった。しかし人間にとっては、明魚人の醸し出す生臭さの方が醜悪であり、現に、イェップがハンバーガー屋でハンバーガーを注文した際、店員は明らかに嫌味な表情で鼻を抑えて、イェップを乞食扱いしたのである。
はっきり言って、人間と明魚人が共存することは不可能である。イェップも、見た目こそ醜悪ではあるが、中身は無垢なるうら若き少女だ。コミュニケーションも出来る。それなのに、人間と分かり合うことは出来なかった。にも関わらず、我々は、明太子を食べて、美味い美味いと喜び、辛子漬けにして、海苔で巻いたり、チーズに載せたりしている。明魚人の気持ちも知らずに。
やがて、イェップは絶望した。兄弟にも会えぬ、仲間にも会えぬ、未来永劫の孤独に苛まれて、明魚人として生まれた自分を呪った。4歳の誕生日の日の晴れた朝に、餓死してこの世を去った。処女だった。