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スマイル0円に意味はない

 近くて遠きは男女の仲。
 それはたとえ平等論が進んだ世になったとしても、普遍の事実である。
 いや、何かと言っちゃあ定期的に祭りになる、どちらがより大変かという男女論争をするつもりはない。ないよ。燃えるんで。ここの議題は婚活ではなく接客ゾンビの生体だからね。
 接客あるある。ここで切り離せないのは、セクハラというやつなのです。

 仕事のセクハラはもろもろあると思う。
 ここでは我らショップガールのうけるセクハラなので、単純にナンパの話だ。

 ……そういえば、キャンプ場でソロキャン女の子への声かけ案件動画が話題になっていましたね。こわ。あれは普通に怖いやつだった。
 なんであれがイケると思うんだろう。不思議だ。出向くにも不便なとこにいってわざわざ。あれだと「夜のキャンプ場に現る! 怪奇! エアキャンプおじさん!」だからね、怖がるのが正しい作法です。
 そんな場所でもないところにいるからそんな気分でもないのに、欲望剥き出しに来られるとそりゃあ引くんですよ。
 仕事中なんかゾンビなんで生命活動とは程遠いし。閑話休題。

 世の中の寂しい紳士たちの幾分かは、接客ゾンビの営業スマイルを「愛する僕に向けたメッセージ性のあるサイン」だと思うらしいんですよ。
 そんなわけあるかい。ダルいの極みからくるアルカイックスマイルだわ。しかし、仕事中にナンパされたという話は実によく聞くので、愛想笑いもなかなかに仕事をしていると思う。
 ストーカーになるきっかけは、ストーカーが「相手を認識した」だけで成立するので、防ぎようもない。一言も喋ったことのない相手がすれ違っただけでも、ストーカーの目に止まったらそれは運命の出会いになるのだ(ストーカーには)。
 だったら、いらっしゃいませと声をかけて微笑みかけるなんていうものはもう確実に惚れてるね。
「いやー、ないですねそれは」
 思わず真顔で言ってしまった。
 同僚をさして「あの子、僕に惚れてるよね」とお客様に言われた時の反応だ。同僚のため、またその名誉のため、私はあえて事実を教えてあげた。
 先ほどはナンパと言ったが違いました、訂正します。ナンパははじめましてのところから入るからまだ自覚症状がある。
 接客に切り離せないセクハラは、勘違いです。

 そもそも同僚のワカワカちゃんから「キモい常連いるんですよ~」と聞いたのだよ私はアナタのことを。
「若い子全員に『僕に惚れてる』っていうんですよ~」
 キモ。店員ならみんな笑顔を向けてくれるから全員が俺に惚れてると言っていいところだが、若い子だけ選別しているあたり実に勘違い甚だしい。
 この勘違い客、ここらで一番若いワカワカちゃんにしつこく名前を聞いたらしい。苗字は名札でわかるから、下の名前。
 ショップガールは名札を別の名前にすべきみたいな話は、問題ごとが起こるたびにでてくる有用な議題だと思うのになぜか通らないよね。どうせ名札つけさせるならコストも変わらないのに。
「それはちょっと」
 と断っていたワカワカちゃんに、彼は言った。
「教えてくれるまで、僕、帰りませんから」
 言い終わると、年は30代半ば、好意的に見ても20代ギリギリ、好意的表現でカジュアルな恰好をなされましたお客様は、頬をふくらませ唇を尖らせ、アゴを引いて上目遣いで「スネてるおねだりアピール顔」を披露してきたという。
 わぁ……
「別にいいじゃん帰らなくてもこっちゃ困りゃしねーわそんなん」
「うん、そう思って放置したんだけどね」
 あちらの柱の陰でずっとその顔をキープして、ジトッとこちらを見つめたまま本当に帰らなかったらしい。営業時間の終わりまで。ヒマなんだなぁ!
 もはや警備員さんが声をかけてきたレベルなので、仕方なく名前を教えて退散させた。「ワカコです」
 ちなみに、ワカワカちゃんの名前はワカコではない。

 普通に言えばこれは情熱的求愛行動とは言い難いし、大前提として失敗している。
 まず、繰り返しになるが覚えていてほしい。
「店員さんが笑顔を見せるのはお仕事だ」
 ちなみに、当時四人いたうちの店で、彼に「あの子、俺に惚れている」と思われていたのは三人だった。例外は私だ。真顔で否定したのが効いたのか、「シマシマさんは怖い」と言われていたらしい。
 そうですか、失礼しました。店員にはあるまじき態度ですね。

 ヨシ!!

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