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22年間のバレーボール競技生活を振り返ってみて(小・中学校編)

2021年6月22日をもってバレーボール選手としての幕を閉じました。最後のステージが、日本のバレーボールのトップリーグである、V1リーグで終えることが出来たことに、仲間や家族、チームスタッフや関係者様に感謝の気持ちでいっぱいです。今年で31歳を迎える歳になり、今までの人生の半分以上をバレーボールと共に歩んできました。今回の記事では、自分のバレーボール人生を小・中学校編、高校・大学編、大分三好編に分け振り返ってお話させていただきます。

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                        (小学4年生時の写真)
自分がバレーボールを始めたのは小学校2年生の終わり頃で、始めることになったきっかけは「美味しいハム」でした!
え⁉︎って思った方も多いかと思いますが笑
詳しく説明しますと、自分には兄が二人いて三兄弟の末っ子にあたるのが僕です。兄が2人とも野球部に入ってしまい、自分がしていたバレーボールをどうしてもさせたかった父が、幼かった僕に「美味しいハムをあげるからバレーボールせんか?」と話しを持ちかけてきたのです。その誘惑に負けた事で、僕がバレーボールを始めるきっかけとなりました🤣
そんなことで始まった僕のバレーボール人生の最初の試練は、「体育館に行く」ということでした。
 当時の僕はとても恥ずかしがり屋で、しかも、自分より20cmも身長が大きい高学年の人がいる空間に行くことが恐怖でした😱
何度も体育館の扉の前まで行っては、開けることが出来ずに家に帰ったりを繰り返していました。
そういった事も、クラブに参加する回数を重ねる内に無くなっていきました。友達が出来たことや、恋の影響もあったかと思います…笑
 月日も経っていよいよ6年生!身体も大きくなり、エースと呼ばれる存在になりました。この時の僕を褒めてあげる事があるとすれば、「周りに流されずに何でも真面目に取り組み続けた」ことだと思います!
同級生達が腹筋や腕立て、ステージからのジャンプの回数を誤魔化したりしてサボり、すぐ次のメニューに取り掛かろうとする一方で、僕は前回より一回でも多くやろうという気持ちで励んでいました。
そして、週3回だけの運動量では足りないと感じ、ハンドボールと掛け持ちをして、ジャンプ力や基礎体力を培いたいと両親に相談し、何度かハンドボールの練習にも参加しました。しかし、見学練習期間を終え、次回からは月謝が必要なことを両親に伝えて欲しいと言われたときに、決して裕福な家庭ではなかったため、両親に2つ分の月謝を払ってもらうことは出来ないと幼いながらに考え、やっぱり2つを掛け持ちするのはキツいとだけ伝え、両親に真意を伝えることをしませんでした。それからは、お風呂場で水の負荷をかけた腕立て伏せをしたり、自分で工夫してトレーニングを行なっていました!
今思えば、よく小学生でそんな事考えてやってたなぁと思いますね笑

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                      (中学2年生時の写真)
 中学生になり、ここでの恩師との出会いがこの先のバレーボール人生の道を切り開いてくれたと思います。厳しいとだけ情報は耳に入っていたのですが、見た目もまさに強面の先生でした笑
毎日の練習が、小学生の時とは比べものにならないくらいハードなものでした…
そんな苦しい練習の中でも、自分が上手くなっていくことを実感すると、面白い!楽しい!と思えるようになっていきました。
 小学生の頃には、県大会で優勝なんて考えられなかったのに、中学2年生の時には、県大会で一位or二位を争う程になっていました。
そして、僕の初全国デビューになったのが、2年生時に大分県代表メンバーに選ばれたJOCジュニアオリンピックカップ(全国都道府県対抗中学バレーボール大会)でした。しかも、大分県では快挙となる準優勝という成績を収めることに!
この時の思い出といえば、試合に勝つ度に、明日も勝てるように何か良いことしようと考え、ホテルのトイレのスリッパを全部揃えるようにしてました。だけど、いつの間にかスリッパが綺麗に揃えて置かれているようになり、不思議に思っていたら、先輩も同じ事を考えてスリッパを揃えるようにしてたらしい😂
その事が僕にとっては何よりも嬉しく、この先輩達と試合に勝ちたいという思いがさらに強くなっていました!対戦相手で強く印象に残っているのが、準決勝で戦った元JTの小澤さん(静岡代表)、決勝で対戦した元東レ梅野さん(福岡代表)ですかね🤔
その年のオリンピック有望選手賞は元JTの八子さんで、ずっと憧れの人でした!
 中学時代にもう一つ、僕にとって大きな出来事が起きました。それは、友人達から「いじめ」を受けたことです…。ある日を境に突然無視をされるようになり、学校の友達も、部活の仲間からも相手にされなくなりました。思い当たる節はあったけど、その時の僕にはどうすることも出来ない問題で、自分を責めたりもしました。ひとりぼっちになり、辛さや寂しさ、悲しい気持ちに襲われました。しかし、僕自身一度も死にたいとか、学校に行きたくないと思った事はなかったんです。それは何故かというと、「僕にはバレーボールがある」そう思えたからです!
僕の居場所はここじゃない、自分がもっと練習して上手くなれば絶対誰かが必要としてくれるはず!そう信じていたからこそ、より一層練習に力を入れる事ができたし、心が折れる事もありませんでした。その結果、いつの間にか仲間の方から僕を必要としてくれるようになり、無視されることは無くなりました。
 バレーボールがあったからこそ乗り越えられた試練だったと今では思っています。何か一つでも、誰にも負けないと思える特技があれば人は強くなれるし、それが支えになる!この経験が僕を大きく成長させてくれたと感じています。
  最後まで読んでくださりありがとうございました!次編は高校・大学編をお話ししたいと思います。もし、よろしければまた見てください😉

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