廣瀬陽子
正規の軍事力のみならず、サイバー攻撃やプロパガンダなど非正規手段を組み合わせて行われる「ハイブリッド戦争」。現在ウクライナにてロシアが展開していると見られるが、日本も決して無関係ではいられない。
なぜなら北方領土返還交渉もロシアによる「ハイブリッド戦争」の一部だと解釈できるからだ。プーチンの戦略を分析した著作『ハイブリッド戦争』から、その詳細について解説しよう。
ロシアの軍事専門家やアナリストは、自国の戦略を説明する際に、「ハイブリッド戦争」という言葉を使いたがらない(注1)。諸外国が特にロシアに対して「ハイブリッド戦争」を実践しているというスタンスを取るが、ロシアの専門家が言うところの「新世代の戦争」は、諸外国が見るロシアの「ハイブリッド戦争」に該当すると思われる。
つまり、ロシアの「ハイブリッド戦争」の最終目的は、ロシアと敵対する同盟の弱体化や解体、他方で、ロシアに連帯する同盟ないしそれに準ずるものを強化してゆくことだと言えよう。
そのように考えると、完全に筆者の私見となるが、2019年初め頃からのロシアの北方領土問題に関する対日姿勢は、単なる対日政策にとどまらず、「対米ハイブリッド戦争」の一部に思えてならないのである。
日本は、ソ連およびロシアに対し、18年秋までは北方領土問題に対し、「四島返還」を要求してきた。だが、2018年11月14日に安倍晋三総理(当時)がシンガポールでプーチン大統領と通算23回目の会談をおこなった際に、日本側が北方領土問題を「二島返還」で解決しようとする姿勢に転じてから、ロシアの対日姿勢は厳しさを増しているように思われる。
プーチン大統領は、1956年の「日ソ共同宣言」を尊重する姿勢を示してきたが、そのことは、ロシアに二島返還の用意があることを意味しない。筆者は、ロシア側が日ソ共同宣言をベースに交渉しうるという態度を取ってきた背景には、ロシアが、日本は「四島一括返還」の姿勢を絶対に崩さないと睨んでいたからだと考える。
ロシアはそもそも1ミリたりとも領土を返還する気がなかったと思われるが、日本が「四島一括返還」を主張しつづける以上、日露で交渉の前提がかみ合わないことから、交渉を無駄に引き伸ばせると考えていたと思われる。しかし、日本が二島返還でも受け入れるという姿勢を示してしまうと、ロシア側も二島返還を前提にした対応を求められる
だが、二島も返還する気がないことから、交渉がまったく成立しないようにするために、ロシア側は突然、仮に二島を引き渡しても「主権」は渡さないという主張、日米安保や在日米軍の問題、第二次世界大戦に関する歴史認識問題など、日本が決して受け入れられない条件を突きつけるようになった。
とりわけ「主権」の問題は深刻であり、主権なき領土は仮に返還されても日本にとって何も意味がない。また、日米同盟は日本外交の最も重要な根幹を成しており、容易に脱退などできるはずがない。そこをついてくるというのは、まさしく日本の国家性のみならず、「敵」である米国が形成する同盟、すなわちNATOと米国がアジアに形成している同盟に揺さぶりをかけているとも考えられるだろう。日本もロシアのハイブリッド戦争の対象国の一部となっているのかもしれない。多方、くりかえしになるが、ロシアの専門家は「ハイブリッド戦争」という言葉を使いたがらない一方、外国からのロシアへの攻撃には「ハイブリッド戦争」という用語を使う。つまり、ロシアは外国から「ハイブリッド戦争」を仕掛けられていて、2014年のウクライナ危機もその一環であると考えるのである(注2)。
2019年9月8日におこなわれたモスクワ市議会選挙(定数45)に際し、当局がプーチン政権に批判的な野党候補を排除すると、それに抗議するデモが、7月半ばから大規模に展開されるようになったが、それについても、ロシア当局は米国とその同盟国(特にドイツ)がプーチン政権の崩壊を狙って「ハイブリッド戦争」を仕掛けていると主張していた。
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