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#1「島守のうた」脚本

島守のうた(栃木県公演)
作:上原 圭泰(うえはら けいた) 

●【場面一、語り部】

♪蝉の鳴き声
(とある講堂。高校生がずらりと並んだ椅子に座っている。真ん中にはテーブル。テーブルの上にはお水とマイク。90歳代の老婆が現れる。老婆は、真ん中のテーブルに腰掛け、学生に向かって語りかける)

上里(老)
「皆さま、今日は暑い中、お越しくださりご苦労様でございます。私は上里ヨシ枝と申します。
皆さまはどちらから来られました?…宇都宮?…栃木県宇都高校の学生さんですか。そうですかぁ。そしたら、あの方もきっと喜んでいますね…。
私はもう九二になりますが、今から七十五年前…私がちょうど皆さまくらいの頃…この小さな南の島に何があったか、わかりますか?
…そう、戦争です。一九四五年四月一日、アメリカ軍が沖縄に上陸。そうして、沖縄戦が幕を開けました。
あの戦争でたくさんの人が亡くなりました。アメリカ軍、日本軍合わせて20万もの尊い命が失われ、その内10万は…軍人ではない…一般の人でした。
凄惨を極めたあの戦争で、年寄から幼子まで…とにかくたくさんの県民がまきこまれ、命を奪われていきました。
アメリカ軍から無差別に撃ち込まれる艦砲射撃は、空を覆い、容赦なく逃げ惑う住民に襲いかかり、それは鉄の暴風と呼ばれました。
降りそそぐ鉛の玉が…とても簡単に…多くの命を奪っていきました。
そんな地獄のような状況の中、どうにか一人でも多くの命を救おうと必死で頑張る人達がおりました。
…私はそんな彼らによって救われました。その中の一人は、栃木の方でございました。」

♪蝉の鳴き声はゆっくりフェードアウト
(老婆はモンペを履いた若い女性に姿をかえる)

●【場面二、ブルドッグ】

上里(老)
「私は当時十七歳。沖縄県警察部長官舎でメイドとして働いておりました。
警察部長の名前は荒井退造。部長さんは、一見、とっつき悪く、ぶっきらぼうな感じに見えましたが、家族にも他人にも優しい方でした。」

(荒井家の食卓。朝ごはんを食べながら上里と会話する荒井退造)

荒井「なにぃ?私のニックネームがブルドッグだとぉおお!」

(怒りで立ち上がり、その勢いで湯飲みを倒し、お茶をこぼす荒井)

上里「あらまあ。」

(こぼれたお茶を布巾で拭く上里。湯飲みを持ち上げる荒井)

荒井「…すまん。しかし…ブルドッグとはあんまりだ!こっちは朝から疎開の事で頭をいためているのに、県庁女子職員はそんなことを言っていたのか!」
上里「まあ、そう怒らずに。」
荒井「せめて警察官らしくセパードと呼んでくれても良いだろうに…。」

(湯飲みのお茶を入れなおす上里)

上里「………ニックネームが付けられるということは女子職員に慕われている証拠だと思いますよ。」
荒井「ブルドッグがかぁ?」
上里「ブルドッグが…です。」

(不満そうに朝ごはんを食べる荒井)

荒井「…いただきます。(きんぴらごぼうを頬張る)…ん?…ん!…んまい!」
上里「よかったぁ。」
荒井「おい。よし枝、これをどこえ覚えた?」
上里「奥様に教えていただきました。」
荒井「そうか。きよ子から。」

上里「はい。…太く切ったゴボウとささがきにしたニンジン、水で戻して短く切ったかんぴょうを赤唐辛子と一緒に鍋で炒めます。
火がとおったら、砂糖、醤油で味付けし、汁を煮詰めすぎない所で火を止め完成。
荒井家のきんぴらごぼうは、太く切ったゴボウとかんぴょうの歯ごたえ、そしてシャバシャバする程度に汁を残す…それが秘訣だと教わりました。
…しかし、砂糖が無いので黒砂糖で。」

荒井「いやいや、よくできてる。このザクザクした歯ごたえ!これこそ荒井家のきんぴらごぼう。見事なものだ!よし枝、ありがとう。」
上里「いえ…。」
荒井「思い出すなぁ。…母ちゃんのきんぴらごぼう…」
上里「部長さんの故郷はたしか…」

荒井「栃木県清原村。家の周りは田んぼばかりだったが、それがまた良くてなぁ。
収穫前には稲が黄金色に波打って、サァ~サァ~ときれいなんだよ。
うちは…みんな農家出だったんだ。本当は…俺にも農業を継がせたかったみたいだが…。
兄貴も父ちゃんも優しくてさ。お前は気にせず、好きな学校に行けって…。」

上里「それで警察官に。」
荒井「その分一生懸命勉強したよ…働きながら。家族のためにも。故郷のためにも。」
上里「部長さんの故郷、一度行ってみたいです」
荒井「なんなら、疎開してもいいんだぞ?家族に、お前の面倒を見るよう頼んでみる」
上里「奥様も疎開しているのに、私までここを離れたら、誰が部長さんのお世話をするんですか?きんぴらごぼうだって食べられなくなりますよ。」
荒井「…そうか。ありがとう」
上里「とんでもありません」
荒井「よし枝、お前のきんぴらごぼうのおかげでなんだか元気が出た」
上里「それは良かったです」
荒井「では行ってくる。」
上里「行ってらっしゃいませ。」

――次章へ続く――

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