どんな和を想うのか:”平和について”
"平和について”は2003年発売されたThe ALFEE のアルバム Going My Wayの収録曲で、当時坂崎さんが参加していたザ・フォーククルセイダーズでもカバーされた名曲。
作詞は高見沢さん、作曲は加藤和彦さんの2分30秒という短い時間に美しいギター、幸ちゃんの歌声、歌詞のメッセージがぎっしり詰められている。
その物悲しいようなメロディーと歌詞に、私は子供の頃音楽の授業で聴いたような、それより前にじいちゃんの部屋の古いレコードから聴こえてきたような、懐かしさを感じる。
*このアルバム自体も2020年に出戻ってから初めて聴いたのだが、こんな楽曲をアルフィーが!という思いと、こんなのもまだ作ってくれてる!という思いが交錯する不思議なアルバムだった。
去年は同名のこんな記事を書いている。↓
さてこの歌詞の英語の部分。
この言葉を知っている人ならば、”あぁ〜高見沢さん、この歌詞は惜しい〜” と思ったはず。
というのも、 May peace prevail on earth、とprevailという動詞があるフレーズを私たちはよく耳や目にしているからだ。
私も聴きながら ”なぜ動詞を飛ばしたんやろ・・・” と疑問だったが、全体の歌詞を考えて、情景と心情を想像したら高見沢さんの歌詞がグッと深まるのがわかり、動詞を飛ばしたのは間違いではなく意図的かもしれない、と感じた。
ということで今回の考察は May peace on earth!
そもそもこの May peace prevail on earthとは何なのか。
May という助動詞には色んな意味・用法がある。
よく使うのは ”May I go to the bathroom?"(トイレに行ってもいいですか?)というように許可を表すもので、”〜してもよろしい” という意味。
"May I ask you a question?" (質問してもよろしいですか?)や
"You may sit down." (座ってもよろしい)のように使う。
口語では "Can I sit here?"と可能を表すCanを使うのが一般的だと思うが、文法に厳しい先生に "Can I go to the bathroom?"と聞くと
"Can you?(出来るの?笑)”と言い返されたりしてしまう。(Canは許可よりも能力の出来る・出来ないの意味が強いので、一人でおしっこ出来るのかwと嫌味を言われる)
そのほかにもMayは推量や可能性を加えたりするが、May your dreams come true!(夢が叶いますよう!)などのように May+主語+動詞という決まった形では”〜となりますよう”や”〜を祈ります”という強い願望や期待を表す文を作る助動詞だ。
Mayは助動詞なので(前に出した例文のask やsitやcome、が動詞)必ず後にはメインの動詞が来なければいけない。
だけど歌詞の May peace on earth には動詞がない。
本当ならここには prevail という打ち勝つ・はびこる・いっぱいになる、という動詞が入り、May peace prevail on earth というが”人類に平和が訪れますよう・平和で満たされますように”という世界平和を願うピースポールの文言のようになるわけだ。
ピースポールとは国連UNが行っている世界平和プロジェクトの一環でアメリカの街角やキャンパスなどでは英語とともに何か国語に訳されたポールが立っている。(*私の勤めるアメリカ東の高校にもあります)
高見沢さんはどうして文章に動詞を入れなかったのだろう。
間違ったのだろうか。知らなかったのだろうか。
そう不思議だったけれど、静かに厳かに歌う幸ちゃんの歌声と透明なギターの音を何度も聴いていたら、ふとこれは意図したものだったのだろうと思った。
命の限りがない風が知るのは大きな海と青い空のその計り知れない大きさ。
私たちが知らない本当の素晴らしい地球を風だけが知っている。
人類には到底わかり得ない悠久の空間とどこまでも続く自然の美。
命に限りのある花が教えてくれるのは、その命の短さの中、種を残す使命を全うする意志があるかの如く、儚くも美しく強く生き抜くこと。
生を奪う身勝手な人間はそんな花が教える大切さには目もくれないだろうが、緑があるからこそ私たちの生命は続いている。
輝く星が示すのは煌めきを取り巻く暗闇。
私たちが地球から見ているその煌めきは永遠に続くように見えているけれど、もう遥か昔に消滅した星が発したものなのかもしれない。
輝きを終えた星たちは暗闇の一部になり、新たに輝く星を生む。
人生は儚いが、もう無いのかもしれない星の輝きを遮るものなく、見ることが出来る機会は与えられている。その時間があるうちに私たちは夜空を見上げなければいけない。
大きなもの、小さなもの、儚いもの、永久と思えるもの、形あるもの、掴めないもの、輝くもの朽ちていくもの、新しいもの、続くもの、終わるもの。
そんなものに気づいて優しい微笑みを浮かべられるあなたは地球の平和は人類だけのものではないことがわかっている。
Peace は高見沢さんにとって、地球上全てのものに対しての平和だったのかもしれない。
人間同士の争いや諍いを失くすという願いだけではない、もっとスケールの大きな夢や愛や未来が”平和”というものだと感じていたのかな、と何度も聴くうちに感じた。同アルバムの”Catch Your Earth"にも通じた想いが繋がれている。
もしそうならば、そのフレーズの後に続ける言葉はどんなものがあるだろう。
May peace on earth (地球上の平和が)
ーbe understood(理解されますように)
ーbe sustained(守られ、続きますように)
ーbe treasured(大切にされますように)
この曲を完成させるのは聴き手の私たちだった。
それが音楽を作る側と受ける側の”和”だったのかもしれない。
May peace on earth、ここだけ3人のコーラスになり、続きは私たちの心の中で聴こえる。
シマフィー