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30代後半で初めて海外へ行く①(Day0津和野→福岡)

 今まで書いていた記事のテーマとは少し異なるが、今年の6月に9日間インドを中心にベトナム、シンガポール、上海とアジアを旅行してきたのでそのことについて書きたい。

 私を知る人にはよく意外と言われるのだが(この記事で私のことを初めて知った方には至極どうでも良いことであることは間違いない)30代後半にして今回が初めての海外旅行である。
 昔から旅は好きではあるが、学生時代は海外に行く財力などなく、とはいえ旅がしたくて長期休みごとに青春18きっぷを使って北は北海道、南は実家のある熊本まで縦横無尽に動き野宿や24時間営業の飲食店で夜を明かすということを数多くこなしてきた。社会人になってからも時間がなく財力的にも微妙な状況で海外に行く機会が得られず、2019年の年末くらいに海外に住んでいる友人を訪ねようと翌年の海外旅行を計画していたところでのコロナ禍で再び断念し、気付かないうちに年齢だけ重ねてしまった。
 コロナ禍も下火になった昨年2023年、たまたまインドで海外勤務中の高校の同級生が一時帰国中の休暇を利用して津和野を訪ねて来てくれたため、これはお礼参りにインドへ行かなければ…!と思って計画を立てて、ようやく初の海外旅行が実現したのである。

 お礼参りという単語の使い方が誤っているような気もするがそれは一旦横に置いておくとして、海外に行ったことない人は分かると思うが、一度海外に出るという経験をしていないと、入管が何なのか、税関がどういった手続きになるのか、そんなことが実体験として知覚していないと、全くピンと来ないものである。
 学生時代に、憲法第22条2項の外国移住の自由から海外への出国の自由も経済的自由権の1つとして認められる、とか、出入国管理法の条文を追い掛け最高裁判例を読み、退去強制令書の発付に処分性が認められるか、とかの議論は耳にタコができるほど知ってはいるが、肝心の実際の出入国の手続きがどうなっているかのイメージが湧かないまま年齢だけを重ねてしまっていることに、何となくの虚無感を感じていたところでもあり、実際に出国と入国の手続きを体験できるのはワクワク感もあるところである。

 と私の海外へ行く楽しみ方のピントが世間とズレているところも一旦横においておくとして、果たして30代半ばで初海外旅行という私個人の事象が統計と照らし合わせすとどれいくらいレアなものなのか、海外旅行についてのデータを照らし合わせて見てみたい。

 まず年代別の海外旅行経験の割合について、スマートアンサーというサイトでの調査によると、2017年の時点で30代での海外渡航経験率は56%程度のようである。体感的にもそんなに違和感はない。

 ちなみにこちらのデータでは居住地別で数値の偏りが出ていて、東京在住だと海外旅行経験率が高い等の結果が出ていて興味深い。

 上記の民間のリサーチとは別に、観光庁が昨年12月に「海外旅行に対する日本人の観光行動分析に係る調査業務」を行いその報告書がアップされているので、こちらを見てみる。

 報告書自体のURLはこちら。100ページ以上あるので留意。

https://www.mlit.go.jp:8088/kankocho/content/810001414.pdf

 この報告書によると、日本人全体で海外旅行経験のある人が約66.7%、ほぼ3分の2とのこと(p35)。その経験者の中で、初めて海外旅行をした年齢というデータを見てみると、20代までで88%、30代で初海外を経験している人は9.3%とのこと(p36)。30代後半で初海外旅行という私は海外旅行初経験者の中ではかなり遅い部類に入るようだ。
 また今回私は1人で移動し、現地に住んでいる友人を訪ねるような形だったのだが、初の海外旅行を単独で行ったという人は7.3%とのこと。これもかなり少数派である(p39)。

 単純に上の指標をかけ合わせるとおそらく30代になって1人で初海外旅行をするというのは全体の0.7%くらい、しかも私は30代後半で40代の指標に近づけて考えると相当に特殊ケースのようだ。
 たしかに、そんなバイタリティと無鉄砲さのあるやつは普通もっと若いときに海外に行ってるだろ、と言われるとかなりの納得感はある。自分の性格を考えても、一歩間違えば筋金入りのバックパッカーになっていた可能性は小さくないと思う。

 ということで、この記事を読んでいる人の3分の2くらいは海外に行ったことある人であろうが、かなりいい歳の大人になって初海外に行くときに人は何を見聞きし何を感じたのかということは、他人の経験を追体験するという点で面白く感じるかもしれないし、3分の1くらいの海外に行ったことない人には、30代になると海外に行くときにこんな余計なことを考えているのか、という点が何かの参考になるかもしれないので、旅行記的にこの旅行を振り返ることにする。

 私は日頃から写真で思い出を残す、という行為が苦手である。撮るのをすぐ忘れてしまうということもあるのだが、せっかくどこか遠出したのに写真だけ取って被写体をちゃんと見ていなかったり、写真を撮るばかりでその時に何を思い何を感じたかということへの意識が希薄になったりすることに何となく嫌悪感がある。
 そのため、今回海外へ行くにあたっては、写真も撮りつつ、それ以上に見聞きし感じたことを文章化したい、というのが私の中での1つの大きなテーマ設定だった。実際に9日間で起こったことや感じたことを文章化したりメモったりしながら過ごした。それを基にこの場でいろいろと書いていきたい。

 ということで序章としてこの記事では津和野から福岡での前泊まで書くことにする。

Day0
津和野→博多

 出国前日の津和野は連日続く気温30度越えで梅雨前にもかかわらずすでに夏の気配がしている。日中は暑い暑いと言って過ごしていたものの、翌日以降に訪ねる国々の天気予報を見るとそれどころではなさそうと少しピリッとする。出国前の3日間で、不在の間の仕事の段取りで必要なものをザザッと片付けつつ、夜は町営塾で中高生に勉強を教えるという、余裕の少ない日々を過ごしたせいで結局荷造りは当日になる。当日17時過ぎに帰宅し、何とかパッキングを終えるも、飛行機の手荷物持ち込みのマックスの重量を超えているような気がする。

 そのような都合の悪いことは後で処理することにして、20時00分津和野駅発の終電を目指して19時50分に家を出る。ギリギリである。そして終電が早すぎる。
 何とか2分前に駅のホームに着くと、帰宅する高校生に混じって遠くから自分のことをガン見している私服の若い子がいる。なに因縁つけとんねんと思って(思ってない)近づくと、中学の頃から知っている子だった。今20歳か21歳くらいで、年に1,2回津和野で見かける程度で会うのが1年ぶりくらいだったため「誰かと思ったわ」と言うと「な、私垢抜けたやろ?」と返してくる。相変わらずである。多少垢抜けた気もしなくないが、全く人の言うことを聞かなかった中学時代からの小生意気な態度は一切変わっていない。「どこ行くの?」と聞かれたので「インド」と答えると「は?嘘やろ?」と言ってきたのでいやマジだからとかそんな立ち話を2分ほどすると、じゃあねと言って彼女は先に列車の奥へと言ってしまった。旅の幸先が良いのか悪いのかはともかく、昔町営塾で教えていた(と言うか子守り?をしていた)子たちが成長しても変わらず絡んでくれるのはうれしいことである。
 20時00分に列車は動き出し、山口方面へ。車内でインドにいる友人とメッセージをやり取りしたり、飛行機の荷物持ち込みのアップグレード等をしたりボーっとしたりしているとあっという間に山口駅、そして新山口駅へと到着する。こだまに乗り換えて博多駅へ。

 翌朝9時過ぎの福岡空港発の飛行機に乗るためには前泊するか車で行って駐車場に9日間放置するか、どちらがいいか考えた結果、いや運転めんどくさいやろということで前泊を選ぶ。ちなみに車は僕の海外滞在中に車検に出すことになっている。
 新幹線は昨年富士山登山のために新富士駅まで往復して以来である、たぶん。こだまでも十分早いなぁというのんきなことを考えてボーっとしているとあっという間に博多駅に到着。
 前泊はどうするか考えた結果、快活CLUBの鍵付き個室が最強と判断し、快活へピットイン。横になるスペースさえあればよく予約も不要ですぐ寝られるしビザやら何やらの印刷をしていないのでそういった作業も並行してできるという点ではある意味最強である。学生時代には青春18きっぷとネットカフェという組合せが至高の旅のテンプレだったが、その感覚は30代後半へ突入しても変わらないものだなぁと実感させられる。24時過ぎに就寝。

(Day1に続く)

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