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万世特攻平和祈念館を訪れる(番外編:「『同期の桜』は唄わせない」を読む)

※前回の記事はこちら

 
 知覧特攻平和会館のことも書かないといけないのであるが、その前に万世特攻平和祈念館の総括として清武英利「『同期の桜』は唄わせない」(2013)を読んだのでその感想を書いておきたい。

 清武英利と聞くとどうしても読売巨人軍の元球団社長というイメージがあるが、元々読売新聞の記者であり、現在はノンフィクション作家としての活動が多いようである。そんな清武氏の書いたこの本は、先の記事でも言及した、万世特攻平和祈念館開館のために尽力した苗村七郎を中心に、特攻隊員とその遺族を追ったノンフィクションである。以下読んで思ったことを書いてみる。

 万世という土地に飛行場が作られた経緯に衆議院議員の小泉純也が関わっているということはこの本で初めて知った。その人物の子は後に首相となり、孫は現在自民党総裁の有力候補となっている。
 単に軍隊の飛行場を作り、戦争が終わればアジア各地と行き来するのに便利になるだろうという目論見で鹿児島県の南東の海岸沿いに作られた飛行場が、まもなく特攻の出撃基地となってしまったことへの当時の町長の後悔に、すべてのリソースを戦争へと投入してしまう全体主義の恐ろしさを感じる。また早くに特攻の出撃基地として知られるようになった知覧とは異なり、万世に特攻基地があったことすらあまり知られていなかった戦後20年くらいの間には、万世から飛び立った特攻隊員の遺族ですら、知覧から出撃したと思っていたという点に、遺族が万世飛行場という存在を知ったときのやりきれなさを想像してしまう。戦中にあったことを隠そうとする力学があらゆるところに働いていていた時代の一端が垣間見えるようである。

 著者の苗村氏も常に議論していた、特攻兵は英霊か犬死にか、というテーマが戦後30年経った頃になされそれで遺族が苦しんでいた、という経緯は、世代の違いもあるのか私にはあまり実感が湧かないところであるが、冷静に見るとこの議論はそもそもの議論設定が誤っていると思う。特攻作戦を立案し実行した主体の責任がまず問われるべきで、犬死に、無駄死にと評価されるような作戦を取ったことが責められるべきだろう。昭和40年代になると経済成長とともに大戦中の価値観へのバックラッシュが強まっていた時代なのだろうと思う。こういった言説が遺族を追いつめるという構図の外で、終戦後すぐ自決したり、公職追放された後に何事もなかったかのように復帰したりした人たちは何を思うのだろうか。
 他方で、遺族の方々が、戦死した隊員の残した、一番つながりを強く感じられる物である「遺書」を目にして、自分の息子が国のために誇りを持って死んでいったのだと信じる気持ちを蔑んではならないと思う。特攻隊員は本当は逃れたいと思っていたのかもしれないし、心の底から皇国青年のメンタリティだったのかもしれないし。その故人の価値観を部外者が否定することが、遺族の静かに弔う気持ちを害することはありうるとも思う。ただ遺族の方の考えと全く同じ考えを皆が持つ必要はないだろうし、そう考えると、結局、先の戦争については、それぞれの人がそれぞれの立場から様々な思いを抱えていることを自覚し、その思いを否定することを控えつつ、それぞれの立場から過ちを繰り返さないためには何が肝要かを常に考えていく必要があるのだと思う。私は戦後40年以上経ってから生まれた世代ではあるが、社会の一員として、大日本帝国が起こした過ちを今後起こさないよう考える立場にあることは間違いないと思う。

 苗村氏が私財を投げ打って全国を訪ねまわって特攻隊員の資料を収集したその熱情を見ると、自然災害でも同じことを考えてしまうが、自分だけ生き残った者の気持ちというものは、なかなか自分事として想像するのは難しい感情だなと思わされる。まして戦場で亡くなった戦友の横で偶然紙一重で助かった人がどんな感情を抱えて生きてきたのかは同じ経験をした者でないと真の意味では理解できないのだろうと思う。様々な従軍体験を記した文章やインタビュー等見ても、似たような経験からの類推もできないだろうなという印象を常に受ける。戦争というものはそれだけ残虐なのである。

 また、職業軍人とその後召集された予備役や少年兵との扱いの違い等も、軍隊内での日常のようなところを知っていないと私のような一般人にはなかなか分からないところではある。つい先月放送されたNHKスペシャルでも、特攻隊員には成績が特に優秀なものは選ばれず、そこから少し劣る上位の成績を持つ者が選ばれた、というような内容が放送されているようだ。番組を見ていないので深追いはしないが、結局上下を区別して上の者が下の者を軽く見るような文化があったということなのだろう。現代でそのような文化が亡くなったかと言われるとかなり怪しい。省みる点は多くある。

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