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砂譚(サタン)

 アリジゴク?ええ、あのすりばちみたいな砂の底なし沼のような、あとしざり?あるでしょ、あぁいったようなものでできた砂の城があるんですよ。海辺でバケツに砂を詰めて作るでしょう。すぐに崩れるけれども。石造りの狭い階段があるんですよ。城のことですけど。こう、、、なんていうのかな、常にざっ、、、ざらざらっとした音が聞こえるんですね。あれはきっと崩れている音ですね。
 それでもう百年以上もあるってんだから不思議なもので。田園にね、ふと道の途切れる場所が、、、 そうです、そうです、畦道を進むと森がありますね、大体ね。その草の中を進むと竹藪があって、そこを抜けると岩と砂だけの広場に出るんです。
 ある日、そこに出るとこうざあっと、風が吹いてね、崩れかけの巨大な城の中に入ってしまったんです。あたりの木がなんだか奇妙な様子をしていまして、目を凝らすと葉脈だけになっているんです。スケルトンね。もっと近づくとね、ありゃあもう背筋がぞくぞくっとしますが、毛虫がうじゃうじゃうじゃうじゃそれはたくさんいてその葉をもしゃもしゃ食べとるんです。厭ですよぉ。でもなんだか目が離せなくって、城の入り口に余所見をしながら入ぇったら、えぇと、あっ、扉はいっつも開いてましたですね。もう住んでいる人間なんざいないんですよ。
 一段、二段と進むとだんだんどこの高さにいるのかわからなくなりますね。壁にはそれぞれ真四角な穴が空いていて、そこから外が見える。でも、不思議なことにちっとも風景が変わらないんですよ。狭い階段だから手すりもないんですが、螺旋状にゆったりと円を描いた作りでしょうがどういうわけか上りのエレベーターに逆向きに乗ったようなんです。
 そんで、外は昼ですが、なんだか城ん中ば暗くなってきて、でも目が慣れてくる。ってえと、ウスバカゲロウだか蛾だかが壁中びっしりとピクリとも動かないでくっついてんですよ。どうもこれは不気味なんだがその時はちっともなんとも思わずにただ階段登りまして。
 するってぇと急に天井が開げてですね、これまた真四角の空が見えたんです。いやぁ、驚きましたですね。その青いのなんのって、鮮やかすぎるんです。雲も作り物みたいなんが、影もなく圧迫してきて、参っちゃったから仰向けでパタリとこうしてね、やっと気づいたんですが、そのあたりが一面真っ白な砂。
 でも、どうやら動いているんです。あっちへコロコロ、こっちへコロコロっていうように。なんだか見られているような、遠くからじっと観察されているような気がしました。
 しばらくすると今度は空が濁り出しまして、ああ、しまった、これは雨になるかも知んねえ、と思って、起きあがろうとしたんだが起きられない。金縛りだったんでしょうかね?ね?って聞いたって仕方あんめえが、まぁそういう訳で。いや、ここで終わるってんじゃないんですよ。そうするとね、空がですよ、濁ったのが鏡になっちゃった。あたしの顔が倍の大きさになって映し出されて、空と見つめあったってしょうがないんだが、まぁ、えぇ、だんだんね。これまたおかしいんですよ。あたしの顔なんだが、あたしの顔じゃねえんだ。皮膚にね、こう亀裂が入って、ありゃ人間じゃねぇね。あるだろ、えぇっと蛙、ヤドカリ、、、ではない。ああ、ワニだワニ。
 あれがこっちぃ見てたんだね。牙なんか見せちゃって、爪も生えてたんだ。おぉ怖い。あたしの外側だけ変えないワニがね、こっちに腕を伸ばした。喰われるんだなぁ、もう終いかと思ったら、そのワニが崩れたんだよ。えぇ、崩れたんです。バラバラバラっとね、ワニが塵で、それが白い砂の正体だったんですが。
 その瞬間体が動いて、いやあ、助かったと思ったんですよ。
 するってぇとね、いやに自分の膝の小僧がむずむずしてきてね、その膝に唇ができて、相談してきたんですよ。喉が渇いたってんです。だらしねえ野郎だねぇ、こんなところに水なんざありゃしねえって、こう言ってやったんですが、そこらにピーマンがあったんで、それを食わしたんですよ。苦いでしょうけどね。でもあたしが味わうんじゃねえ、あたしの膝が食うんだからいいだろうってんでね。
 しっかし、そのピーマンも次々同じところから出てくるんですよ。ぞろぞろ、ぞろぞろ。おかしいでしょう。しかもパック詰というか一つずつビニールが巻いてあってね、それを剥がしながら食わせるんです。
 もうあぁなると止まんないね。終ぇに膝の喉から手が出て一人で食べ出したんだからこっちの手間が省けて喜んでいたんだが、何を間違えたんだか野郎があたしの右手ぇ掴んでちょいっと噛んだんです。少しも痛くは無がったんですが、血が滲んでね。ほら、ここですよぉ。まだ傷が残ってんです。その匂い、血の匂いに釣られて小僧が次第に膨らんで、あたしの頭くらいになった時に、ヒョイっと転がって砂の上に落ちたんです。えぇ、綺麗なもんでしたよ。吸い込むとすえた桜の線香みてぇな匂いがするんですが、それがあたしの血と混じって液化して、ピンク色のドロっとしたものになって、小僧の顔に引っ付いて、件の葉脈みたいなレース状の薄っぺらいもんになったんです。唇だけのぬっぺらぼうがそんなもんを纏ってんだから、笑っちゃいますねぇ。仕方ないからバス停まで歩ってったんです。あたしはちっとも動いていないんだが、地面が動くんですね。砂が転がってんでしょうかね。あぁ、それでそのバス停もバス停ってんだからバスが来るんだと思うんだけんど。バスなんか来ないんだって小僧が言いやがるんですよ。いえね、小僧は声なんてないんだが、そう言ってんです。しばらくすると奴が歌い出した。
 
紅の薔薇の枯れ際は真っ黒い。
ベルベットの黒は煤けた血。
ア、よい

 するとまた喉が渇いた、渇いたと言って、バス停にあった空き缶、あれは誰かの飲みさしのコーヒーで、タバコの吸い殻も二、三本入っているようでしたけど、そんなものを平気で飲むんです。あたしが後ろを振り向くと、そこには少し高級な柔らかなテッシュウ、もとい、ティッシューってんですか、あれがあってね、まぁ仕方がないから舐めてみると、甘いんです。あれは。十枚、そうね、二十枚は食べてね、甘いぞ、面白いぞ、と。次にアカツメクサなんかがありましたから、それも蜜をちゅうちゅう吸って味わいまして。えぇ、小僧はいうんですよ。ここは至って単純な処刑場なんだって。ステンドグラスがあんだろうと言うからみるとちゃんとあるんです。
 奴が考えたことは全て出てくるんですね。それから、讃美歌が聞こえるだろっていうんで耳を澄ますとどうやら歯車がギイギイなったのに女の声が合わせてるんです。蛾の壁に爬虫類のパイプオルガンでできた骨を口琴みたいにして死者たちがね、ふわふわ湧いてきてね。湧いては屋根から落ちるんですよ。そのたんびに砂が崩れる。ざらっざらっ、といいながらね。パイプオルガンと砂の音バス停のベンチで座りながら聞いていると、向かいの横断歩道からマネキンが数百体、女体なんですが、それがやってくるんです。彼らはみんな裸足でね。その足の裏はカナートで、ラクダみたいに地下の水を足から吸い上げて循環させているんです。横断歩道って言ってもね、信号も何もありゃしないんですよ。でも小僧は奴らは赤信号を渡るなんてけしからんというんですね。それはもっともだと思いましたよ。
 彼らの足音はハイヒールの音なんです。街頭スピーカーが最後の恋についての演説を始めまして、その波動に合わせてマネキンたちは体を揺らすんです。まぁ、マネキンて言ったって骨格標本の写しですから、生きているんですよ。植物みたいにね。すると、城が大きく崩れてきて、宙吊りになった虫眼鏡が露になってね、それでトルソが焦がされたんですよ。斜交葉理(クロスラミナ)だから諦めろと小僧は言いました。なんでかな、ねぇ、勿体無いと思いましたよ。
 さて、
 サケトバ買いにいこう。


(2021阿吽通信no.14掲載)
2024/01/07noteにて再掲
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