起業したきっかけは父親でした②
前回のおさらい
前編では、私が21歳の時に起業したきっかけについてお話しました。フリーターとして生活していた私が、突然家計が火の車だと母親から告げられ、父親を助けるために起業を決意した経緯です。父親が個人事業主として生命保険の代理店をしていたものの、事業がうまくいかず、家計は破綻寸前でした。私は、父親の事業を再建するために、生命保険の販売に取り組むことを決意し、自ら保険の代理店となって、父親と共に事業を立て直すことを目指しました。
その後の変化
私が開発した電話営業の手法を使って、父親の生命保険代理店の売上は劇的に向上しました。保険会社の中でも代理店同士の成績がシェアされるランキングがあり、父親の名前が突然上位に登場するようになりました。これにより、周囲の代理店仲間から「どうしてそんなに売れるのか?」と興味を持たれ、父親が私の手法を教えてもらっていると話すと、他の代理店からも「その方法を教えてほしい」と依頼が来るようになりました。
これを機に、私は営業支援のビジネスを立ち上げることを考え、3ヶ月間の教育プログラムを構築しました。リアルでのサポートを月に2回、計6回のセッションで30万円プラス消費税という料金設定で、営業支援サービスを提供し始めました。この営業支援ビジネスが予想以上に成功し、私は全国の保険代理店へと営業範囲を広げていくことになりました。
若さに対する反発
当時、私は21歳と非常に若かったため、父親の周りの年長の代理店仲間からは反発を受けるのではないかという懸念がありました。しかし、父親が目覚ましい成果を上げたことで、若さに対する偏見はなく、むしろ多くの人々が私の営業支援に興味を持ちました。それでも、営業支援を全国に広げようとした際、いくつかの壁に直面しました。
特に、アメリカンファミリー生命の代理店管理責任者からは、私が無許可で営業支援を行ったことについて激しく叱責されました。しかし、その後も興味を持った代理店からの問い合わせは続き、最終的には営業支援のビジネスが広がり、多くの代理店が私の方法で成功を収めるようになりました。
アイランド・ブレインの名付け親
私が23歳の時、営業支援ビジネスが成功したことで、法人化を決断しました。会社名「アイランド・ブレイン」は、実は私の父親が個人事業主時代に使っていた野号でした。「アイランド」は「嶋」を意味し、「ブレイン」は「知恵」や「仲間」を象徴する言葉です。この名前が持つ意味を気に入った私は、父親から許可を得て、株式会社アイランド・ブレインを設立しました。
当時、特例制度が始まり、1万円から株式会社を設立できるチャンスを活用して会社を設立しました。その後、起業のハードルがどんどん下がり、スタートアップという言葉が一般化していく中で、私は幸運にもその波に乗ることができたのです。
その後の父親との関係性
父親との関係は、その後も良好でした。営業支援の成功により、父親は保険代理店としての事業を復活させ、家計は安定しました。しかし、父親は私が28歳の時に亡くなりました。経済的には問題がなくなったものの、人生には次々と新たな壁が現れます。父親が直面した新たな課題をどう乗り越えるか、私たちは共に考えましたが、全てが順調に進むわけではありませんでした。
振り返ると、父親を助けるために全力で取り組んだ経験は、私の人生の大きな転機となり、その後のビジネスにも大きな影響を与えました。この経験が、私の起業家精神の原点であり、今もなお続けているビジネスの根幹となっています。
まとめ
私が起業し、そして23年目を迎えた理由の一つは、父親を助けたいという純粋な思いにありました。利害関係を超えて、人のために全力を尽くすことが、ビジネスにおいても非常に重要だと感じています。皆さんも、誰かを助けたい、支えたいという思いを持って行動することで、新たな道が開けることを信じてください。
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