過去からの手紙
すこーしずつでも整理をしようと、昔両親の寝室だった今の私の部屋の棚に手を付けようとした。
ファイルかと思って手を伸ばして取ったら、薄い箱だった。
中を開けたら、私が父と母に書いた手紙が入っていた。
結婚して家を出る日に、こっそりと両親の枕元に置いたそれぞれに宛てた手紙。
いろいろな出来事があって別居することになったことを詫びる短い手紙、その後精神的に落ちて前向きになれないことを詫びる長い手紙、
そして、結婚前に父が母に宛てた手紙、結婚してから大学に入り直そうとした父が、大学の学長に書いた手紙に対する学長からの返事。
この6通の手紙が束ねられて箱の中にひっそりと保管されていた。
自分が書いた手紙を読んでみた。
25歳で結婚した私の手紙は想像以上に稚拙だったし、別居や離婚による精神的な落ち込みから書かれた私の手紙は、自分のつらさばかりが書き綴られ両親に詫びるようでいて、その実甘ったれた依存心に満ちた内容だった。
こんなにも自分は幼く未熟であったかと心の底から驚いた。
最後まで読むことができなかったくらいに…。
今日は、必要なところにきちんと連絡をしなかった娘に対してちょっと腹を立てていた。
二人の子供もいて、今の娘よりも年齢も上で経験も積んでいる自分の幼稚さを目の当たりにして、娘に対するいら立ちは急速に萎えて、恥ずかしいようなおかしいような気持ちで泣き笑いになった。
残りの2通の手紙は達筆すぎてきちんと読み取ることができない。
字は書く人の性格を表す、と言うけれど、父の文字はぴんぴんと跳ねて丸みがなく、強情で負けず嫌いな性格を表している。
母に宛てた手紙では、父が母の身体や仕事について心配をしている。
ぴんぴんと強く跳ねた文字に反して、ところどころしか読み取ることができなくても父の母への愛情が感じられる。
父はわがままで力で支配しようとする人でもあった。母はそんな父の下でひたすら忍耐の生活を送っているように見えた。
ある日母が
「結婚する前にお父さんにお寿司屋さんに連れて行ってもらった。私はウニやイクラが好きで握ってもらって食べていたけれど、お父さんはかっぱ巻きばかり食べていた。かっぱ巻きが好きなんだなぁ、と思っていたらお財布の中身が心配だったらしい」
とこっそり教えてくれた。
わがままな父と一緒に暮らす中で、このエピソードはきっと母の心を何度も慰めてくれるものであったのだと思う。
子供時代から頭がよかったらしい父は、ある会社の研究所に勤めて新婚生活を支えていたが、勉学に対する情熱が消えず大学の学長に入学試験を受けたい旨の手紙を書いた、と母から聞いたことがある。学長からは丁寧に「もう家庭を持ったからには、まずはその責任を全うされることを願います。勉学はどこにいても励むことができます」との返事をもらったとのことだった。
父の箱の中にあったこの手紙は父の字とは異なる達筆さでさらに読むことができない。漢字も旧漢字が使われているのでなおさらだ。
父はどんな思いでこれら6通の手紙を束ねて箱にしまったのだろう。
特に私の手紙には、自分の日付入りネーム印まで押されていた。
不肖の娘からの手紙を父はどんな思いで読んだのだろう。
複雑な思いですべてを読むことができず、またもと通り束ねてそっと箱に閉まった。
気づいたら泣けてしまっていた。
恐らく、もう少ししたら母に宛てた手紙も読むのがさらに切なくなるだろう。
あと何年かしたら、またこの箱を開けて手紙を読んでみよう。
その時には、父と母に宛てた最後の手紙を一緒に束ねて箱にしまえたらなぁ…と思う。