経済的に破綻した翌月に子供が生まれた夫婦の話し。(その20)お呼び出し
この物語は私達夫婦が13年前から今までに経験した実話を基に、登場人物などは架空の設定で書いております。
また内容も一部脚色しておりますので全てが正しく記載されているわけではありません。
私達夫婦はこの物語を通じてたどり着いた心境をお伝えし、皆様のお役に立てればと考え、二人で相談をしながら書いております。
本社ビル
村下さんとの面談のため新住宅の本社ビルへ向かいました。
この時私が用心深ければ一人で行く事はしなかったでしょう。
私の中ではもうこの件は終わっていると思っていました。
これといってなにか不利な話でもありません。
私の解釈はこうです。
私がこの話を断ったと、鮒男はBOSSには言い難い、だから私から村下さんに直接話してほしい。できれば大人になって村下さんに頭を下げてほしいという程度の事。
ですから私一人で村下さんに会ってほしいとお呼び出しされた事は、何も問題を感じない話しでした。
本社ビルの駐車場に行くためには、ビルの正門を潜りロタリー式の順路を走り、見事に手入れがされている綺麗な庭園を抜けなくて行かなくてはなりません。
美観の維持にお金を掛けているビルです。
一階ロビーの受付で名前を言うと素敵な受付嬢に「お待ちしておりました。こちらへどうぞ。」と誘導され、エレベーターから最上階の会長室まで案内されました。
会長室の前には受付嬢と違う秘書のような別の女性がまっておりました。
私はこの秘書みたいな人に引き渡され会長室へと通されました。
会長室にはとても素敵なインテリアと壁一面に有名日本人芸術家の絵、
その絵の前に大きなデスクが置いてありました。
そのデスクには”会長”と書かれた立派な札と 未決、 決済 と書いてある美しい木製の箱が一対、さらに黒光している大きな椅子。
このデスクが会長という威厳を誇示していました。
「こちらでお持ちください」私は会長と書かれいる大きなデスク前に設置されている、とても高級そうなソファーに座るように促されました。
「はい」返事をし素直に従いました。
座っただけで最高の感触が私のお尻と背中に伝わりなんとも言えない塩梅のソファーです。
会長室から秘書みたいな人が出ていくと部屋には私一人になりました。
大きな窓から一望できる金沢市内の景色が素敵でした。
窓からの景色を見ているだけで気持ちが大きくなります。
ドアがノックされ先ほどの秘書みたいな人がコーヒー持ってきました。
「もう少々お持ちくださいとの事でございます」と言いまた部屋から出ていきました。
最高のソファー座りコーヒーを飲みながら高層階からの景色を見ているとだれでも気持ちが豊かになります。
景色を眺めながら5分ほど経過した頃です。
デスク側の重圧感のある木製の扉がガチャという音ともに開きました。
その扉から金縁眼鏡にグレーのスリーピースで決めた村下さんがズボンのポケットに左手を突っ込みながら入ってきました。
扉の向こうには秘書室でもあるのでしょう。
コピー機の音、女性と男性が小声で話す声が漏れてきました。
「やー会合が遅くなってすまんね」と右の掌を鼻先にもっていき、すまんのポーズをとりながら、自分の会長の椅子に座り、デスクの上の未決済の箱の中の書類を手に取りだしサーッと目を通しながら「ここからの眺めいいやろー」と言いました。
そして書類を持ったままの手で東の窓を指し「あれ見てみ、あの大きなビルな、あれ北陸新聞の本社ビルやわかるやろ?あのビルには負けたけど、あのビルができるまでは、ワシのこのビルが金沢で1番かっこいいビルやと言われてたんや」「悔しいけど、あそこには勝てんね」「なあーでもなこの景色みてると建ててよかった、でもな建てた時が勝負やった、つらかった、でもワシは勝ったんや、無理してよかったと思う」「ワシはな、あんたしゃんもこういう勝負に強いとおもってる」「鮎の店をできんって言った理由を聞かせてくれ」「ワシ一どう考えても金川できればうまくいくと思う」「なんであれを断るのか教えてくれ」と一気に話しだしたのです。
私は今回のお誘いを断る事にした事は村下さんにはもう伝わっていると思いました。
私はそれなら話が早い、さっさと説明しようと「金川さんの職人技と店の完成度は簡単に真似ができるレベルではありせんので私には無理かなと思いました」と言いました。
すると大きな声で村下さんが「そりゃそうや!」「あんたしゃんしっかりしてるは」「ワシもな、そう思ってる、そりゃそうや、あたりまえや」「けどな」と言い、私に何か話を始めようとした時に扉がノックされ、先ほどの秘書みたな女性が大きな湯呑をもって現れました。
村下さんは湯呑をもった秘書に目を合わせて「ありがとう」と言うと
手に持っていた書類を未決箱に戻し、その手をゆっくりと伸ばし、秘書のような女性が持っているお盆にのっている湯呑を直接取り、自分のデスクの上ににそおーっと置きました。
この行動ははいつもの事なのでしょう。
二人の動きはとても自然でした。
そしてデスクの上に置かれた湯呑からは熱そうな湯気があがってます。
その湯気からは高級な煎茶の香りがしています。
村下さんは湯呑をもう一度手にとり、口までゆっくり運び「ずっずっーうぅー」と啜り、美味そうな表情を浮かべて「ワシ、コーヒが苦手でいつもこれや」と微笑んできました。
「さっきの話はあんたしゃんの言う通りや、けどワシの考えを聞いてくれるか?」「ワシはな金川をパクルのは難しい、でもなこれは不可能ではないと思ったんや」と力強く言葉を繰り出しました。
私がさっさと「ごめんなさい、この件はお断りします」「金川は無理です」と言い出すよりも早く、村下さんは自分の考えを、成功を手にいれた男と凡人の私との差を説いてきました。
この時の村下さんの言葉はまるで雪崩のような勢いで私の心に届いてきたのです。
「要は、いっしんにがんさんそく、や」
初めて聞いた言葉でした。
つづく
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