見出し画像

ショートショート「夏の終わりの日」

八月三十一日
 A小学校 四年B組 か沼ゆう介

 きっかけ
 朝七時、ラジオ体そうのために近くの公園に行くと、同じクラスの村田りんかさんに会いました。
 みんながぞろぞろ帰る中、僕を呼びとめた村田さんは「時を止める方法を教えて!」と言います。一体何ごとかと思ったら、「夏休み最後の日が終わっちゃわないように、今日をできるだけ長くする方法を知りたい」と言うのです。ちなみにその理由は「漢字ドリルと、算数ドリルと、読書感想文が終わってなくて、明日ぜったい荒川先生におこられるから」と、すごくしょうもない。
 なんで今までほとんど話したこともなかった僕に、そんなことを聞くのか。
「か沼はいつも、休み時間に『ムー』とか読んでいて、そういう黒魔術みたいなのに詳しそうじゃん」と村田さんは真っすぐな目で言いました。たくさん読書をする中で、僕が『ムー』を読んだのは一度きりだし、あれは黒魔術ではなく空想科学の本だし、いろいろつっこみたいことはあったけど、まあ僕も、二学期が来てほしくない気持ちでいっぱいなのは同じだったので、一緒に方法を考えてみることにしました。

 思いついた方法を順に、ここへ書いていくことにします。
 その一、「つまんないことをする」
 これは僕からの提案です。楽しいことをすると時間はすぐ過ぎちゃうから、反対のことをすればいいはずです。村田さんは「最初がそれ? もっと面白いアイディアを出してよ」と不満そうでしたが、本当に試してみると、とっても上手くいきました。
 ふたりで公園のベンチに座って、何も話さず、じっとします。夏の朝の風、セミの鳴き声、村田さんが足をばたばたとさせる音。青白い空に大きな入道雲があるのを見上げつづける。
 三分ぐらいが永遠みたいに感じられました。
 だけど、飽きた村田さんが「もうムリ!」と言うので、この方法はボツになりました。

 その二、「アメリカに行こう!」
 これは村田さんの提案です。一学期に授業で習った「時差」があるから、アメリカへ飛行機で飛んでいけば、昨日の夜に戻れる。時間がまき戻る、という考えだそう。勉強が苦手そうな村田さんからこんなアイディアが出るとはびっくりでしたが、これはもちろんナシです。理由は、僕が飛行機はこわくてムリだからです。
 そう伝えると、村田さんは少し機嫌が悪くなり、「か沼の弱虫!」と、ひどいことを言いました。

 その三、「走ろう」
 別にテキトーになったわけじゃありません。体育の時間にマラソンを走る時、苦しくて、苦しくて、たった五分のマラソンが永遠に感じるのを思い出しただけです。
 どうせ「ムリ!」を言われるだろうと思いつつ提案したら、村田さんはなぜか、にやりと悪いヤツみたいに笑い、「いいじゃん、この公園を十周、先にした方が勝ちね」と意味の分からないことを言いました。
 僕の方が早いに決まってる、と思って勢いよく走ったら、三周めの終わりに脇腹がすごくいたくなりました。ブランコと、ジャングルジムと、砂あそび場しかないような小さな公園だとバカにしてきたけど、実はすごく広い公園だったのかもしれません。
 十周走り終わるまでの時間は本当に永遠のようでした。研究において、この方法はまちがいなく大成功です。
 村田さんはゴールのところで、仁王立ちになって、笑顔で僕を待っていました。
「か沼、意外と根性あるじゃん」と、なぜかほめてもくれました。
 村田さんは地元の少女サッカーチームに入っているので、走るのがすごく早いです。肌は良く焼けてて僕よりも黒いし、短パンの下のひざこぞうの両方にバンソウコウが数枚ついています。
 ぼくは汗が止まらないし、息もたえだえです。「苦しい、熱中症かも」と木の下でしずかにしていると、村田さんは近くの自販機から冷たいスポーツドリンクを買ってきてくれました。
「貴重なお小づかいで買ったんだから、たいせつに飲んでね」と、その一言でぜんぶ台なしでしたが。

 ふたりはもう、それ以上、方法を思いつきませんでした。
 こんなバカな実験をしてるくらいなら村田さんはさっさと家に帰って、宿題をやった方がいいに決まってます。僕は僕で、マラソン走らなきゃいけないくらいなら、地ごくのような二学期でも受け入れた方がまし、という気持ちになりました。
 だからもう、研究はこれで終わりです。
 なんだか寂しい気持ちにもなりながら「では、さようなら」と僕が言った時、村田さんがおもむろに「じゃあさ、算数ドリル一緒にやろう」と笑いました。
「いや、僕はもう終わってるんだけど」と思わず不服な声で言ってしまいましたが、村田さんは「そんなの分かってるよ。私のドリルを、一緒にやろうって意味で言ったんだよ」となぜか得意顔です。
「えー」という僕を無視して、村田さんはうれしそうにキッズケータイで家に電話をかけます。
「もしもしお母さん? お昼ごはんの後、友達と市立図書館で宿題やってきていい?」
 話しつづける村田さんに背を向けて、僕はおもわずしゃがみ込みました。
 友達。ともだち。
 ダメージを受けました。そのひびきに、完全にやられました。何度か口の中でくり返すと、セミが自分の体の内側で鳴いているのかと思うくらい、こころがざわめいて、落ち着かなくなりました。
 どうやら僕は、クラスの人に友達だと呼ばれるのがこんなにも嬉しいことだと、すっかり忘れていたみたいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?