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短編小説集『空の飛び方』

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短編集
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#恋愛

空の飛び方

「私たちが幼馴染なのって、奇跡だよね」  あの日、遥が突然そんなことを言いだしたものだから、僕は狼狽えてしまい、「ばっかじゃねーの」と、手に持っていた数学の教科書を放り出した。机が大げさな音を立て、遥は一瞬驚いた顔を見せたけれど、すぐに「まー君にはわかんないかなあ」と、目を細めた。  遙とは幼稚園からの幼馴染だった。母親同士がママ友で、小学生の低学年までは、お互いの家をよく親子セットで行き来していた。中学生になってからは、成績の良い遥に僕の母親が頼んで、時々一緒に勉強をしてい

彼女の待ち人

 僕は、同期の女性二人に誘われて職場近くのワイン酒場に来ていた。  金曜の夜には、ふらっと行っても入れないと聞いていて、三人で予約をいれてあった。  入ってすぐ漂ってきた、焼けたチーズの香りに食欲をそそられた。肉の焦げ目の匂いもする。  外からはこぢんまりした店にみえたが、カウンターや相席用の大テーブルもあわせて意外に客席がある。評判通りの賑わいで、僕らが店に着いた時間には、すでに八割ほどが埋まっていた。店内はBGMをかき消すほどの明るい話し声が溢れていた。  木肌をふんだん