Photon に乗るパイロットに求められる適正条件
パラグライダーをする方なら多くの方が知っていると思われる、Ozone Paragliders が昨年販売を開始した新鋭グライダー Photon。
今回は、Photon に乗るパイロットに求められる適正条件を、出来る限り定量的に表現してみたいと思います。
きっかけは、下記の Note の記事でした。
著者は前島聡夫さん。パラグライダーのコンペティター、特にJHFのコンペに出ている方は、私より深くご本人をご存じの方が多いと思います。
プロカメラマンであり、パラグライダーのコンペティター。あだ名は「まえしさん」。
私は写真についてど素人で、まえしさんの専門分野等を説明する言葉をもちませんが、Instagram アカウント では、パラグライダーをしているまえしさんとは別の、「The プロフェッショナル」なプロカメラマンとして姿を垣間見ることができます。
パラグライダーのコンペティターとしては、比較的若手のなかで、これからトップレベルに挑み、そして世界に出ていくことを期待させる勢いでした。
2023年夏にパラグライダーのコンペ参加中に不慮の事故に遭い、現在はプロのカメラマンとしての社会復帰、そしてパラグライダーのフライトに復帰するべく努力を続けて、先日その一歩目を踏み出し、そして前に進む嬉しいニュースを投稿されました。
そのまえしさんが、2ライナー EN-C クラスのグライダーである Ozone Paragliders の Photon (以下、「オゾン」と「Photon」と表記)に乗るパイロットにメッセージを発しています。
そして、自身の事故を振り返り、下記の言及されています。
CCC 機にのるパイロットとして SIV トレーニングで体が勝手に反応するくらい反復練習しないといけなかったと感じること
アクロ技であるヘリコの練習も含めて、それまで自分身に付けた技術と事故の際に発生したグライダーの挙動に対するリカバリーの技術が異なると感じたこと
実際の経験をふまえての価値あるメッセージで、パラグライダーをする全ての人、特にEN-Bの、いわゆる B-Highと呼ばれるクラス以上のグライダーに乗る方、乗ろうとしている方には目を通していただきたい内容です。
今回は、まえしさんの記事に触発され、求められる適正条件を、出来る限り「定量的」に表現してみたいと感じました。
「定量的」とは、物事の数値や数量に着目することです。反意語は「定性的」で、物事の数値化できない要素に注目することです。
ビジネスの現場ではよく使われる言葉で、目標や条件は、出来る限り数値や数量化した表現をすることで、目標を達成しているのか、条件を満たしているのかが明確になります。また、一定期間で成否を定量的に振り返ることで、結果を正確に判断し、恣意性を排して改善と前進をすることができるようになります。
Photon に乗るパイロットに求められる技術適正をできる限り定量的に表現することで、パイロットの方が適正条件を満たしているのかを明確に判断できるよう試みたいと思います。また、EN-C クラスや EN-B クラスにグライダークラスを落とす際の適正条件も定量化を試みます。
結果、パイロットの方だけでなく、販売に関わる側も含め誰も読みたくない内容になるかもしれません。それはそれです。
1.Photon に乗るパイロットに求められる適正条件
(1)定量的適正条件
Phton の製造販売元であるオゾンが指定する適正条件をできる限り定量的に表現すると、下記の通りとなります。
【パイロット像】シリアスなトップカテゴリのコンペ競技者ではないものの、レジャーではなくスポーツをするアスリートとしてパラグライダーに取り組むパイロット
【平均的年間飛行時間】コンスタントに年100時間程度のフライトをしている(フライトタイム換算)
【これまでの利用したことのあるグライダー経験】投影アスペクト比 4.7 / 展開アスペクト比 6.5 以上のハイアスペクト比のグライダーを扱ったことがあること
【SIV 経験・グライダーコントロールの技術】上記の「これまでの利用グライダー経験の条件」に当てはまるグライダーで SIV トレーニングを行っており、2度引きからフルストールに入れた後、バックフライ(あるいは、テールスライド、もしくはフライングバックワード)に入れて、過剰にキャノピーをシュートさせることなく通常飛行まで適切に回復させるコントロールを経験し、完全な習得に向けてトレーニングをしていること。
(2)オゾンのグライダーの適正条件の指定
オゾンは、製造するグライダーに関するパイロットの適正条件について、定量的とまでは言い切れない表記があるものの、知る限りパラグライダーの製造販売事業者のなかで最も積極的かつ具体的な言及をしています。
EN-C クラス 2ライナーの Photon に限らず、また、特定のグライダーやクラスに限らず、原則、全てのグライダーの製品マニュアルの特定箇所に必ず記載があります。
昨今、世界各国で製造物賠償責任法(PL法)が施行され、製品のパッケージやマニュアルに製造上の欠陥・指示・警告を表示することが、製造事業者が PL法に則する法的賠償責任を負うリスクをヘッジするうえで、常識となっています。
しかし、オゾンがマニュアルに記載するパイロットの適正条件は、そのような、一般的なリスクヘッジを目的とした定型的な内容を超越した、積極的かつ具体的な記載となっています。パイロットが適切なグライダーの選択をするにあたり、指標とすべき示唆があります。
(3)Photon のマニュアルに記載されている適正条件
Photon の製品マニュアルをみていきましょう。具体的には、下記に適正条件の記載があります。
これだけではわかりずらいので、オゾンが販売しているクラスの近いグライダーの同箇所の記載を含めて、日本語に意訳して一覧表示をしておきます。
$$
\begin{array}{|l|c|l|l|l|l|} \hline
製品 & ENクラス & 対象パイロット & 年間飛行時間 & SIV 経験 & 他 \\ \hline
Zeno II & D &シリアスで経験豊富な XC パイロット &100時間以上 & 最新の SIV トレーニングを高いレベルで理解(習得)している & 高アスペクト比の翼を維持するために必要なアクティブな飛行技術と素早い反応速度が要求され、高アスペクト比のグライダーを操作した経験があることが望ましい \\ \hline
Photon & C &経験豊富なスポーツクラスパイロット & (記載なし) & 直近で SIVトレーニングを経験している &高いグライダーコントロールのスキルが必要で、低アスペクト比のグライダーからの乗換には不向き \\ \hline
Delta 4 & C &インターミディエイト~アドバンスパイロット & 70~100時間 & SIVトレーニングを経験している &(上位グライダーに比べ)より高い安全マージンでフライトをしたい経験豊富なパイロット向けで、ハイエンド EN-B からのステップアップに親しみやすい \\ \hline
Rush 6 & B &経験豊富なパイロット &50時間程度 & SIV の経験がある & コラップスやストールへの耐性は非常に高いが、SIV 経験のある経験豊富なパイロット向け \\ \hline
Buzz Z7 & B &経験豊富なパイロット &30~50時間程度 &(記載無し)& \\ \hline
\end{array}
$$
(4)年間飛行時間の適正条件
上記に挙げたオゾンのグライダー製品のマニュアルでは、全体を通してパイロットの経験値を下記段階で分類しています。
経験豊富なパイロット
インターミディエイト~アドバンスパイロット
経験豊富なスポーツクラスパイロット
シリアスで経験豊富な XC パイロット
これだけだと、定性的な表現であるため、「自分は経験豊富なスポーツクラスパイロット」あるいは「俺は、シリアスで経験豊富な XC パイロットだ!」と言い張れるかもしれません。これにオゾンが指定している年間飛行時間の条件が加わると、一気に定量的な適正条件の指標となります。
とはいえ、実は、上述の Photon のマニュアルは、オゾンの製品マニュアルとしては珍しく(初めての 2ライナー EN-C グライダーで設定が難しかったのかわかりませんが)パイロットに求めるコンスタントな年間飛行時間の目安の定量的な記載がありません。下記の記載となっています。
一方、Delta 4 の同箇所の記載は下記の通りです。
オゾンのグライダー製品のマニュアルでは、原則全てこの箇所に、この体裁でパイロットに求めるコンスタントな年間飛行時間の目安の記載しています。
Photon のマニュアルについては、具体的な時間の記載がありません。
ですが、上記の一覧で Delt 4 と Zeno II 等との比較をすれば Photon の年間飛行時間の目安が「100時間程度」であることは明白かと思います。(少なくとも、Delt 4 の 70~100時間を下回ることはないでしょう)
(5)これまでの利用したことのあるグライダー経験の適正条件
Photon のマニュアルには、下記のとおり「低アスペクト比のグライダーからの乗換には不向き」という条件が記載されています。
Photon の公称アスペクト比は、投影アスペクト比 4.7 / 展開アスペクト比 6.5です。これを考慮すると、記載した下記が、これまでの利用したことのあるグライダー経験の適正条件となることがわかって頂けるかと思います。
(6)SIV の経験とグライダーコントロールに関する適正条件
オゾンのグライダー製品の各マニュアルの中で、SIV の経験に関する記載は常に定性的です。
聞く話では、各国の SIV環境には大きな差異がありトレーニングできる環境自体がない国も多々あることから、厳密な指定をし過ぎることで各個別のフライト環境を台無しすることがないように配慮が必要であり、また、製品販売の観点からも、この現状で厳密な指定が難しいということです。
この点については、2024年1月13日に JHF主催で開催された、福岡聖子さんの「安全セミナー」(会場:YMCA朝霧)で福岡聖子さんが言及をされていました。
ご存じの通り、福岡聖子さんは、EN テストパイロットであり SIV インストラクター、かつオゾンのチームパイロットとして欧州で活躍しています。
福岡聖子さんが言及した内容の前に、まずは、Zeno II のマニュアル表記を掲示し、改めて Photon のマニュアルとの比較をしながら、SIV とグライダーコントロールに関する適正条件の記載を見てみましょう。
それぞれ、下記の通りとなっています。
【Zeno II】 最新の SIV トレーニングを高いレベルで理解している ≒ We also expect an in-depth knowledge of SIV, preferably with recent,
【Photon】現在進行で SIV トレーニングを行っている ≒ We also expect recent and on-going SIV experience.
セミナーでは、福岡聖子さんから下記の言及がありました。
(セミナー中のご本人の発言を私が解釈した内容であるため、細かい部分が誤っていたらすみません。すくなくとも、こんなに堅苦しく、わかりにくい言い回しではなかったことは、間違いありません。)
「フルストールの完全なマスター」をより定量化するために、さらにブレークダウンしたいと思います。
福岡聖子さんがフランス・アヌシー湖で実施する SIV トレーニングでは、フルストールを小坂大魔王さんの PPAP の「ペンパイナッポーアッポーペン」の部分のリズムで二度引きから回復までの動作をすると教えられ、実際にそのリズム通りブレークコードのコントロールをしている動画を見せてもらうことがあります。
正直、はじめて聞いたときは何を言っているのかわりませんでした。「リズムでブレークコードを引かねぇよ…」と思っておりましたが、繰り返し SIV トレーニングに参加し、ある程度習熟をしてくると、確かに同じグライダーに同じ翼面荷重で乗り SIV トレーニングができる穏やかな環境で飛んでいる以上、ストールポイントもバックフライに入るポイントも同じであるため、同じリズムでブレークコードのコントロールをすれば、同じブレークの引き方で同じグライダー操作になり、百発百中でフルストールのコントロールができることは理解できました。
私自身が「ペンパイナッポーアッポーペン♪♪」 と唄いリズムをとりながら精度の高いグライダーコントロールをできるレベルには全くもって到達できませんが、この精度での操作を理解させるために PPAP のリズムという表現で教えようとしているということ、そして、それを何度も実技で繰り返して体に覚えさせることを重要視していることは理解できるようになりました。
また、フルストールを行うまでの過程で、最新のグライダーのトレンドをふまえて必要となるマヌーバー操作と、フルストールを行うことで起こりうる異常飛行の形態に対応するためのトレーニングを必ずおこないます。これらができない限りフルストールのトレーニングには入りません。
アクロの技を教えるのも、上記のフルストールの完全なマスターが完了してからなのです。
やや話が脱線しましたが、オゾンのマニュアルの記載で求められるグライダーコントロールの技術はこのレベルということなのです。
このことから考えると、【SIV 経験・グライダーコントロールの技術】が記載下条件となることがわかって頂けるかと思います。
マニュアル上にある SIVに関する経験の記載は、適切な SIVトレーニングの環境が身近にない日本では現実的でないからという言い訳をするのも、求められる SIV の経験やグライダーコントロールに関する福岡聖子さんの言及を「個人が言っていること」と独自解釈をするのも結構です。
「そもそも SIV をやっても落ちている人がいるし、レスキュー投下が遅くなる…」という、従来からの主張を崩さない方もいらっしゃることでしょう。
でも、オゾンが製品をこのコンセプトで設計し、積極的な指示・警告の表記をすることで製品が売れなくなる可能性を顧みず、各国での環境やバイアスを考慮しながらも、トップマニュファクチャーとして責任をもって適正条件を示していることを理解してください。
あわせて、そのトップマニュファクチャーが、SIV トレーニングの経験をグライダーコントロールのスキルの適正条件として掲げることを理解いただきたいのです。
適正技量を確実に身に付けていない限り、まえしさんの言葉を借りれば「いきなりやってくることがある。そして次はあなたの番かもしれない。」ことに変わりはありません。
※ 注意 1 ※
製品マニュアルにも記載がありますが、いずれも2ライナーでコラップスラインを利用し EN の認証を通している Zeno II と Photon は、Zeno II は SIV での利用自体が推奨されず、Photon はコラップスラインを利用しない SIV でのコラップスの誘発は推奨されていません。その前段階のクラスのグライダーで、SIV トレーニングに関する正しいスキルをもったインストラクターと適切な環境の基で SIV トレーニングを行い、正しく技術を習得をした上で、これらのグライダーでのマニューバについてそのインストラクターに相談をしてください。
※ 注意 2 ※
上述の Photon のパイロットの適正条件は、あくまでも、オゾンの製品マニュアルの表記を借りてできる限り定量的に適正条件を記載した内容になります。実際は、2ライナー故にラインバランスが崩れやすく定期的なラインチューニングが必要である特性や、ご自身のフライト環境の特性等を含めて、本当に自分に扱える適正があるのか検討の上で判断ください。
2.EN-B High クラス以上から SIV トレーニングの経験に関する言及がある理由
バテンの入ったグライダー
ここからは、2ライナー EN-C クラスから離れて、EN-B クラスと 3ライナーの EN-C クラスのグライダーの話に移ります。
上記オゾンの製品マニュアルにあるグライダーの適正条件の一覧を見ていたただけるとわかる通り、オゾンは EN-B のいわゆる High クラスのグライダーである Rush 6 から「SIV の経験」を適正技量として指定しています。
SIV を行う環境が身近になくトレーニングを受けたことがない方が大半の日本のパイロットにとっては、「EN-B High クラスのグライダーにも乗ったらイカンの?」とやや面を食らう条件ですが、これには明確な理由があり、その一つは Rush 6 が長いバテンの入ったグライダーであることです。
オゾンのグライダーに限らず、バテンの入ったグライダー全般にコラップスを起こした際には、入っていない同じクラス・同程度のアスペクト比のグライダーより高い確率でクラバットが発生します。バテンが長いほどその確率は高く、入り方も深くなる傾向にあります。
バテンが引っ掛かることでクラバットの可能性が上がり、このようなクラバットはブレークラインをシェイクしてもスタビラインを引っ張っても、「掛かり」によりクラバットが解消しなケースが多発します。
ブレークラインをシェイクしてもスタビラインを引っ張っても解消しないクラバットに対しては、片翼を喪失している状況でも正しい方向に飛行できるようにグライダーをコントロールして飛行をしつつ、「ハーフスピン(あるいはクイックターン)」と呼ばれる、クラバットした側の翼を一度クイックに失速にいれすぐに回復させることで、クラバットした側の翼に大きく空気をはらませ、瞬時的にインフレーションをする勢いによりからみを解消するテクニックが必要になります。バテンの入ったグライダーのクラバットでは、このテクニックが必要になるケースが、入っていないグライダーに比べ多いのです。
クラバットした側の翼を失速に入れることでグライダーはそちら側の翼方向にスピンをし始めますが、スピンの速度が上がりだす前にすぐブレークを戻し通常滑空に戻すグライダーコントロールが必要になります。
Rush 6 のコンセプトである、スポーツパフォーマンス XC やスポーツインターミディエイト XCと表現する、広い空域でのフライト中に発生したクラバットを直せなければ、その場で緊急ランディングをするしか選択肢はなく、リスクの高い野外ランディングとなるか、往々にして更にリスクの高い山沈となります。
オゾンが Rush 6 のマニュアルで「SIV の経験」を記載する理由の一つは、コラップスやストールへの耐性が非常に強い翼設計であり、パイロットにフルストールのコントロールの習得までを強く求めないまでも、クラバットへの対応としてこのようなテクニックが必要になり、適切な SIV のプログラムでは、フルストールを行う前の段階でこの「ハーフスピン」の技術習得の為のトレーニングを実施するからなのです。
※ 注意 3 ※
SIV トレーニングにはじめて参加したパイロットの方は、「ハーフスピン」の練習で完全な失速にいれしまい、そのままレスキュー開傘で入湖となることが多くあります。くれぐれも、適切な環境で適切なインストラクターのもと、トレーニングを行ってください。
3.EN-C クラスと EN-B クラスで求められる適正条件(グライダークラスを落とす場合の指標)
元々、EN 認証自体が、EN-C クラスはタービュランス等の乱気流の際にグライダーの挙動が動的に反応し、パイロットによる能動的な操作を必要とする場合があるため、パイロットにリカバリーに関する知識と技術が必要なクラスと定義されされています。
対して、EN-B クラスは、寛容な飛行特性で受動的な安全性(パイロットが介入しないグライダーの挙動の高い安全性)を備えると定められ、パイロットに求められる適正技量が明確に異なります。
この上で、20以上の様々なテスト項目に対するグライダーの挙動がテストされ認証が行われるものです。
EN-B クラスの Rush 6に比べ、EN-C クラスの Delta 4 では、当然、滑空性能の向上と引き換えにコラップスやストールへの耐性が落ちるため、リカバリーに関する知識と技術が必要となるだけでなく、上述の理由でのハーフスピンでのクラバットからのリカバリーはもちろん、インシデント飛行の発生時には、フルストールにいれて挙動をリセットし正常な滑空に戻すリカバリーに関する知識と技術が必要になります。
2ライナーで言わば EN-C High クラスであり、投影アスペクト比が 6.5である Photon では、より高いレベルのリカバリーに関する知識と技術、またフルストールへの習熟が必要になります。(Delta 4 の投影スペクト比は 6.05)
一方、EN-Bクラスで SIV トレーニングをしていただけると分かりますが、このクラス(特に、いわゆるインターミディエイトクラスと呼ばれるグライダー)では、SIV トレーニング中に人為的にインシデント飛行に入れる挙動をさせること自体が難しいことがあります。
SIV トレーニングの初期段階で繰り返し行い身に付け、かつ継続的にトレーニングをするマニューバで、シュートするグライダーを止める操作(キャッチ、あるいはトンポもしくはテンポ)があります。
このトレーニングをするために人為的にグライダーをシュートさる方法はいくつかありますが、典型的なものは「クイックエグジット」と呼ばれるものです。スパイラルから急激に離脱し急激にピッチアップさせることで、その後、強烈なフロントコラップスが発生するレベルまでシュートする挙動をおこします。そして、コラップスがこる前にそのシュートを確実に止め、かつ失速をさせないコントロールの練習をします。
グライダーコントロールが上手いパイロットなら、もちろん EN-B クラスでも問題なくこの挙動を起こせるのですが、私が初めて EN-B クラスで SIV を受けた時は、全くできませんでした。受動的な安全性を確保するグライダーは容易にキャノピーが頭上を越えてシュートしませんでした。EN-C クラスなら、ピッチングの挙動を少し大きくするだけでも、楽にフロントコラップスが起こるレベルのシュートに入ります。
先述した「ハーフスピン」に入れることも、EN-B クラスはとても大変です。片翼のブレークラインを何重にも手にラップして持ち一気に引き抜いてハーフスピンにいれようとしても、まだ低速が効きスピンの挙動に入れられないケースが、まま発生します。
それだけ、コラップスや失速に寛容で受動的な安全性が高いことが認証テストで保証されたグライダーなのです。
まえしさんの言葉をまた借ります。
そして、日本のレジェンドパイロットの 1人である長島信一さんの言葉を借りるなら「パラグライダーって、上げなおすことを楽しむスポーツでしょ~」ということなのです。
改めて、上述の一覧で、自分があてはまる適正条件のグライダーを確認してみてください。
また、本セクションの内容を、下記一覧としてまとめます。あわせて、自分があてはまる適正条件のグライダークラスを確認してみてください。
$$
\begin{array}{|c|l|l|l|} \hline
ENクラス & オゾンがマニュアルで指定する SIV スキル & EN 認証で定める飛行特性 & EN 認証で定めるパイロットの技量想定 \\ \hline
B & Buzz Z7 では記載無し& 寛容な飛行特性で受動的な安全性を備える & あらゆるレベルのトレーニングを受けているパイロットを含めたすべてのパイロット\\ \hline
B high & Rush 6 では SIV の経験(シュートを止めるキャッチ、ハーフスピン等)& 一応、規定上は Bと同様(ただし、初心者用から XC フライト用まで幅広い為、以前から変更が議論されている) & 一応、規定上は Bと同様(ただし、初心者用から XC フライト用まで幅広い為、以前から変更が議論されている) \\ \hline
C & Delta 4 では SIV の経験(B high の項目をより高いレベルで行えることに加えフルストールの経験等 & 乱気流やミスでの挙動が動的に反応する可能性がある & 能動的な操作を必要とする場合に適切に対応できるパイロット \\ \hline
2ライナー C & Photon では直近の SIV の経験(C の項目をより高いレベルで行えることに加えフルストールのコントロール)& 一応、規定上は C と同様(ただし、Cクラスの範囲が広がっているためこれから議論が起こると推測される)& 一応、規定上は C と同様(ただし、Cクラスの範囲が広がっているためこれから議論が起こると \\ \hline
\end{array}
$$
4.グラハンをするとグライダーコントロールが上手くなる?
SIV について話をすると、時々「私はグラハンを沢山しているので、グライダーコントロールの技術がある」とおっしゃるパイロットの方がいます。
もちろん、グランドハンドリングの練習をすることは極めて良いことです。
パラグライダーの事故の 8割以上がテイクオフとランディングで発生することを考えれば、テイクオフの技術が向上し、直接的に事故を減らすことに繋がります。もちろん、グランドハンドリングをしないパイロットよりグライダーコントロールは格段に上手くなります。
グラハンが楽しいと感じる感性とスキルをもっているパイロットは、本当に素晴らしい。
でも、グランドハンドリングで身に付くグライダーコントロールと、空中で異常飛行に対するリカバリーで必要になるグライダーコントロールは全く別です。
リカバリーに必要なグライダーコントロールは、今のところ SIV でしか学べません。
まえしさんの言葉を借りるなら、下記のとおりです。
日本には、満足な SIV 環境がありません。SIV を受けることができないのは、パイロットの責任ではありません。でも、事実は事実です。
私自身も、EN-B クラスのグライダーから SIV をはじめ、現在 EN-C でトレーニングをしていますが、体が勝手に反応するレベルになど、まだまだ到達していません。反復練習が必要です。それが事実です。
5.結局、どうあるべきなのか
上述の通り、オゾンのグライダーのマニュアルには、パイロットに求める能力に SIV の経験の記載があり、厳密にこれを「乗れる・乗れない」の線引きとして運用をしてしまえば、日本のパイロットのほとんどの方は、EN-B Hihg クラスの Rush 6 ですら適正条件を満たしません。
インストラクターは、このような事情を当然知っています。だから悩みます。
グライダーの製造販売事業者各社がオゾン程の具体的な記載をする訳ではありませんが、トップマニュファクチャーが示す、一つの明確な指標なのです。
今回、特定個人について何かを言いたい訳ではありません。当方が管理するクラブに所属している方なら別ですが、これを読む方の飛びを知る訳ではないので言える立場にはありません。
性急に、全員が掲げた適正条件に厳密に運営すべきと言いたいのでもないのです。
出来る限り適正条件を定量的に明確にして、個人として明確な意図をもった判断を頂きたい。そして、その明確な条件を満たせない環境の問題や個人のスキルの改善について、建設的な話し合いをしたいのです。
情緒的な表現ややり取りはできるだけ排除したい。でないと、日本では環境的に満たすことができない適正条件は広がり、グローバルで求められる適正基準と日本のパイロットの技術レベルの乖離が進みます。
SIV の記載に対する現状も、そもそもそれ以外でも、適正条件の完全な定量化などできるものではありません。それでも、あるべき姿に向かって足を進めたいと思うのです。
6.今受けられる SIV トレーニング
最後にやや話がそれますが、上記の福岡聖子さんは、プロトの段階も含め Photon のフルストールを重ねてテストしています。ご本人がフランス・アヌシーで主催する、日本人向けのフライトキャンプ「ふらとび」の 2023年開催では、その姿を垣間見ることができました。
日本の Photon 乗りにとっては、貴重な情報を日本語ネイティブな方から得られる点で、極めて貴重な存在です。
2024年のふらとびキャンプの開催日程は、既に下記に決定してるとのことです。
Fun コース(2024年6月15日~22日)
XC コース(2024年6月22日~29日)
SIVコース(2024年9月)
また、問合せは先は下記いずれかとの事です。
【ふらとびキャンプお問合せフォーム】
QR コード
【ふらとび公式 LINE】
QR コード
円安の折り、飛行機のチケット代金も含めて決して安くありません。金銭面もそうだし、開催期間にあわせて 9日間の休みをとることも、正直大変です。
ですが、私個人の感想としては、日本語ネイティブな人が、このレベルの知見で教えてくれる間に、無理をしてでもこの SIVトレーニングを受けておくべきというところでございます。真剣に上手くなりたいと思うなら、尚更に。
フルストールの PPAP もそうですが、教え方が極めてうまいです。伝えようという意思があります。
※ 全体補足 ※
上述した一覧は、オゾン公式 HP の各製品の英語マニュアルから抜粋した情報を意訳したものとなります。正式には、マニュアルの記載内容を参照ください。
オゾンのマニュアルは公式 HPから閲覧することができ、また、原則として英語版が必ず公開されるため、日本人にとっても比較的目を通しやすいと言えます。
全てのグライダーの製品マニュアルの前半は必ず下記の章立てとなっており、こうち 4番目の「Your xxxxx(グライダー名)」章の冒頭セクション最下部と、5番目の「Limitations」章内の「Pilot Ability」の項目にパイロットの適正技量に関する記載がある作りとなっています。
Thank You
Warining
Team Ozone
Your xxxxx(グライダー名)
Limitations
余談ですが
今回の内容をまとめるきっかけとなった Note の記事の著者、前島聡夫さんについて、ご存じのない方に改めて私の視点からのご紹介をすると、プロカメラマンとしては、素人の私から見ても、プロの写真と一発でわかる写真を撮る方です。かつて、私が幼少期に(今よりずっとスキー人口が多く、リフトに乗るのに1-2時間並ぶのも当たり前だった)スキー場は、シーズン毎のスキー場のプロモーションのために、プロが撮った、そのスキー場でプロスキーヤーが滑る写真を使った広告を、電車の駅や空港、そして雑誌等に出稿していました。パラグライダーでもそういうことができないものかと妄想する時に、写真を撮影するなら…と真っ先に思い浮かぶ方です。
ご自身の事故を振り返ることは辛い事で、メッセージアウトをするのはなおさらです。
それでも、パラグライダーに関わらず、産業を含めて、全てのインシデントの対応で行うべき事は、賠償と真摯に振り返り学ぶこと、そして仕組みとしての再発防止策を構築するという王道以外にありません。
辛さを乗り越えて、真摯に振り返り、ご自身が学こととあわせて、自身の経験からの啓蒙を発し学ぶ環境を提供しインシデント対応のあるべき姿を進んでいること、そして一連のメッセージアウトに壮絶な体験をしたプロカメラマンとしてのブランディングを図る意図を感じる「生き様」も含めて、事故後の姿に感銘を受けています。
また、まえしさんの事故については、2024年1月13日に JHF 主催で行われた福岡聖子さんの安全セミナー(会場:YMCA 朝霧)で、ご本人の出席のもと、事故の際の動画を出席者全員でみながら、グライダーコントロールを中心にフライトの解析がおこなわれました。また、当日にコンペを主催されていた獅子吼高原パラグライダースクールの山口校長からも、運営側として考える再発防止策についての言及がありました。
全てのインシデントは、複雑なエラーチェーンの結果として発生します。だからこそ、事故惹起者のみならず、エラーチェーンにかかわるすべての事象と関係者が真摯に振り返り、全ての者が学ばない限り、再発防止策は有用なものとなり得ません。この観点から、自分の事故時の動画を公衆の前で見せて解析を受けるというまえしさんの行為にも、山口校長がこのために会場にきて、まえしさんご本人とセミナーに参加された多くのパイロットを前に、運営の立場での再発防止策を共有されたことにも大いに感銘を受けました。
パラグライダーにかかわらず、産業界も含めた多くのインシデント対応では、責任の所在や犯人探しや表面的なお詫びに終始し、あるべき姿の追及がされずに終わることがほとんどです。この業界の末端に携わる者として、ご両人のインシデントへの対応は誇らしいものと感じました。