見出し画像

うちの僧侶は浴槽の隅に電動歯ブラシを置く。

ふしぎなご縁で、お坊さんとふたりで暮らすようになって2年と半年経った。

悠々自適の独身生活に、ドタバタと上がり込んできた野良僧侶の一存により、わたしの「ふつう」が片っ端から覆されることになる。

数年前に観た映画、「ミッドサマー」は、「観るカルチャーショック」と揶揄されていた。
わたしたちの「ふつう」が露いささかも通じない、遠い遠い異国の生命倫理と文化継承のお話。
ありかなしかの議論はさておき、「こちら側」の人間がそれを目の当たりにした感想は。

そう、「不気味」だ。

脳が理解することを拒否する。体がのけぞるように反応してしまう。
その化学反応を楽しむ趣味の悪い大傑作が「ミッドサマー」だったんだなと、当時の評価を思い出し噛み締める。

それから幾年か過ぎ、「観るカルチャーショック」にちょんと触れただけでキャッキャと騒いでいたわたしが、今や「生きるカルチャーショック」と対峙する日々を送っている。

お坊さん(※便宜上こう呼ぶこととする)は、弱冠10代で得度(お坊さんになる儀式)を終え、名の知れたお寺に修行にも行かれた、正真正銘の立派な立派なお坊さん。なんなら今は副住職。

お坊さん、と聞いて何が思い浮かぶだろうか。

「煩悩だらけ」という、微塵にもセンスを感じないいじりは、絶対にしたくなかった。
わたしは予定調和の会話を嫌う。
はじめて彼と出会った時、今まで散々そう弄られてきたにちがいないと、勝手に決めつけた上で自身の中でそれをNGワードに設定した。
そんな安っちい笑いでその場を盛り上げることに一役買うことになんて、絶対に絶対に加担したくなかったのだ。

しかしながら、あまりにも敵は強大だった。

その日の彼を一目見た人間ならば、「こんにちは」「やぁ」といった挨拶より先に、「サンプラザ中野くん」という言葉が喉から溢れ出ることだろう。


サンプラザ中野くん。「爆風スランプ」のフロントマン


スキンヘッドにサングラス、あまりにも目立つ白いキューバシャツに、同じく白で揃えたストレートパンツ。
友人と共にいた待ち合わせ場所で、初対面のわたしに対し「おーい」という音声付きで、手首だけ使って手のひらを振っている。
なんかミッドサマーに出てくる村人たちもこんなコーディネートでしたっけ、とか思い始めたあたりから、現実と想定の狭間で具合が悪くなり始めた。

いやいや、お坊さんって人種を初めて見るわけじゃない。
なんなら若い頃に働いていたクラブやキャバクラにだって、各宗派からお坊さん方はいらしていた。
キャバ嬢あるあるのひとつに、「宗派の違いに無駄に詳しくなる」というものがある。若いキャバ嬢のほうが、常識っぽく見える中高年よりも、そこらへんのお坊さんたちの生態に詳しいことも珍しくない。

だが、こんなお坊さんは知らない。
今まで出会ったお坊さんたちには、一定の共通する雰囲気があった。上品とか下品とかではなく、最終的には「オレ、お坊さんだぜ」と匂わす、服や所作や発言内容などに一定の共通項があったものを。

だが、こいつは。
なんなら、「そう見えない」ことを楽しんでいるフシもある。こやつはタチが悪い。

ただ、読経で鍛えられた声量と、檀家さんとの日々の関わりによって培われた話術は、さすが一流であった。

わたしたちは最初、友達同士の交流的なノリで、当時「暇だった」同士出会ったのだが、彼らが選定した店が悪かった。
当時流行っていたネオン系中華居酒屋。びかびかしたピンクや紫の照明が四方八方から差し込む店内に、L字型の喋りにくいテーブルに配置され、おまけにハブ酒だ紹興酒だで、周りはしっかり出来上がっている。
初対面の交流としてはいささかハードルの高い会合となった。

そんな中でべらべらべらべらと、生い立ちや自身の将来ビジョンについて喋り倒す彼の言葉は、一字一句しっかり耳に届いたのだ。
わたしはといえば、店員さんへの「すみません」なんかも届かないもんだから、モバイルオーダーのレモンサワーが届かないことを気づきながら10分ほど言えないままでいた。

なんだこの空間。

お坊さんと、ネオン居酒屋と、ハブ酒。
何を話せばいいかわからない。一番言いたい「煩悩だらけ」はとうにNGワードに設定済み。

出会ったころはわたしも、そこそこいい年齢に差し掛かっていたから、初めて会う異性とはそれなりにしたい会話もあった。

最近観た映画の話とか、好きな音楽の話とか。
ふつうは通じるのだ。マッチングアプリだってやったこともあるし、いつだってそうやって自己開示を乗り切ってきた。
だが、目の前のこやつはわたしの自己開示になんてとんと関心がない様子で、飲み始めてからというもの数時間ずっと「オレのことクイズ」を繰り出してくる。
出身地の話でもしようもんなら、3クッションくらい挟みながら、うまいこと「オレのこと」に会話を繋げるのだ。
わたしの生まれた市の話と、父親の出身地を聞き出して、自分の母親のルーツに話を持っていきやがった。

それが不思議と悪くなかった。
そうやってあれよあれよと、気づけば段ボールいっぱいの服と、手持ちの現金と、大量の本を持ち込んで、お坊さんは当時ワンルームだった我が家の住人になった。

「寝る前に歯磨きして」
「飲んだコップは片付けて」
「トイレ中にべらべら話しかけないで」

そんな言葉を「お坊さん」に対し、わたしが発する日が来るとは、いつ誰が想像できただろうか。

お坊さんは今日もシャワーを浴びながら、般若心経をそらんじる。
そのまま電動歯ブラシで歯磨きした後、爆音で「お゛え゛っ」とえづき、歯ブラシをそっと浴槽に立てかける。

二人暮らしなのに、なぜか我が家には6本の歯ブラシと2本の電動歯ブラシ、三種の歯磨き粉が洗面台に鎮座している。

お坊さんが洗面所から出てきた折、入れ替わるようにわたしが身支度に入ると、使った覚えのない私の電動歯ブラシが濡れていた時は悲鳴をあげそうになった。

色即是空。諸行無常。
やがて消えゆくこの愛おしく破茶滅茶な日常を、これから少しずつ記していけたらと思います。

いいなと思ったら応援しよう!