香川照之ではなく「エキストラ俳優」/宮松と山下
映画情報が解禁された時から気になっていた映画です。
香川照之がエキストラ俳優を演じる。
三人の監督によって制作された映画。
そして惹きつけられるストーリーのあらすじ。
どれをとっても興味をそそられる配役と設定でした。
各地上映が終了しましたので、あらすじを踏まえて感想を綴っていきます。
※レポ内容は映画のネタバレを含んでいます。あらかじめご了承下さい。
※映画視聴済・ストーリーが分かっている前提でレポをしていきます。
※未鑑賞・ネタバレ厳禁な方はご注意のほどよろしくお願いいたします。
【あらすじ】
端役専門エキストラ俳優で誰かを演じては死んでいく宮松。
彼には過去の記憶がありません。
自分が誰なのか、なにが好きなのか、どうして記憶を失ったのか。
全てが分からない日々の中、宮松は誰かを演じながら静かな日々を生きていきます。
そんな宮松の前に過去を知る人物が現れます。
谷と名乗るタクシー運転手は宮松を「山下」と呼び、ツテを辿ってようやく見つけたと喜びます。
「山下」は宮松の本当の名であり、そして十二歳年下の妹がいる元タクシー運転手だと判明します。
一度地元へ帰ってこないかと提案する谷に、迷いながらも戻ることを決める宮松。
宮松と山下。欠けている自分と欠けてしまった自分。
そして失っていた彼の記憶が動き始めていきます。
これよりネタバレを含んだ感想になります。ご注意ください。
【ざっくりとした感想】
香川さんは良くも悪くも「香川照之」が全面に出てしまう、とんこつしょうゆラーメン並みの味の濃い演技をされる方という印象が強いです。
役になりきるというより「演じた役が香川さんになっていく」といった方がいいでしょうか。
※個人的な意見ですのでご了承下さい。
世間の記憶に新しい「半沢直樹」の大和田常務。
こってり・大盛り、チャーシュー盛!というインパクトがありましたね。
しかし「宮松と山下」の宮松にはそういった味はありません。
ラーメンのこってり具合ではなく、さっぱりとしたサンマの塩焼き(おろし大根付き)です。素朴さと平凡さにじんわりと寄り添う後味があります。
ゆるやかで静かな日常を過ごす中、根無し草のように流れるまま身を任せる宮松。
一つの作品のために名もない誰かになり、名のある役者のために何度も死んでいく姿。
エキストラ俳優の収入だけでは食べていけないので、ロープウェイ作業員としても働く姿。
微笑ましい日常の一コマをこちらに錯覚させるほどに魅せる姿。
夜道を歩きながら寂れたアパートに戻る姿。
部屋の中で映画作品のラベリングされた台本を読み込む姿。
宮松の日常と非日常が混ざりながらも、勤勉で実直な性格が浮き彫りになっていきます。
ところどころフラッシュバックするように現れる、失った記憶の断片たちが画面の暗さを際立たせていきます。
宮松が過ごす画面内の世界(色彩)は暗いです。
エキストラ参加する作品も夜のシーンが多いのもありますが、日中での生活も若干くすみをもった暗さがフィルターとしてかかっています。
もちろん光のあるシーンもあります。しかし全体的に夜明け前の雲を混じらせた青みのかかった淡さが伝わってきます。
鬱々しいと表現するまでとはいきませんが、はっきりとした暗さから埃っぽい光の明るさが宮松の心情をうまく表現されていると私は思いました。
ある仕掛けが劇中に発動したことによって
「もしかして全て宮松がエキストラ出演している作品の一部では?」
※(夢オチ的な?)
と途中疑心暗鬼になりながら見てしまいました。
結果は違いましたが叙述トリックの仕掛けられた小説を読んでいる心地に襲われましたね。
このレポを読んでいる方も驚いたのではないでしょうか。
(それを読めていた人がいたなら凄い)
【個人的に好きなシーン】
縁側でホープを吸いながら実家の庭を眺めるシーン。
帰ってきた藍さんは懐かしい兄の背中を見つめ、そっと近づき隣に腰掛けます。
この場面の二人のやりとり、とてもいいです。劇中一番好きです。
宮松も藍さんも記憶が戻ったことを伝えたり言及したりしません。
記憶が戻ったことはお互いに空気で察しているのが、見ているこちらからも分かる表情の演技が胸を締め付けられます。
宮松の敬語がぎこちなかったり、もう戻ってこないだろうと分かっていながら「こっちにはいつ帰ってくるの?」と当然のように話を振ったりする藍さん。
この時の宮松がぎこちなく喋りながら藍さんを見る目が好きです。どこか寂しそうで、でも吹っ切れていて迷いのない目。
繊細な心の機微を画面から他者にさりげなく匂わせられる。
こちらの胸の奥をつんと切なく、そして苦しくさせられる。
素人ながら本当に演技が上手な方だなと素直な気持ちで思いました。
この二人の間に決定的な何かがあったのか。それを考えるのは野暮ですが、私は何もなかった派だと解釈しています。
ただお互いに兄妹ではなく異性として惹かれていたのには気付いていたと思います。言葉にしないだけで誰よりも特別な存在だったのは間違いないです。
健一郎さんが指摘するくらいなので二人の身近にいた人は気付いていただろうな……と思っています。谷さんも「そのうち(あの家に)居づらくなる」と言うくらいなので。
あと記憶が戻って宮松から山下に切り替わる演技も好きです。
記憶のない宮松でいる時と記憶のある山下でいる時の足取りが全然違います。
※ホープを吸ってから記憶を取り戻してからの歩き方見てほしい……。
【最後に】
「宮松」そのものを日常の中で演じて生きているように見えた山下。
記憶を取り戻した山下は自分の意思で「宮松」として生きる道を選びました。
最後にエキストラが乗るバスの中でうっすらと微笑む宮松には、迷いや不安を滲ませていた表情の色はありませんでした。
記憶を失った一人の人生を「何者」かを演じさせながら切り込んでいく。
エンドロールが流れたあとの満足感からの深いため息が漏れてしまうほど、とても良い映画でした。
パンフレットもインタビュー等が細かく書かれていますので必見です。
この感想が参考になれば幸いです。
鑑賞日 2022.12.17 某所
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