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じいの葬祭28

 
 「フラフラする……」
 どんよりと沈んだ気分のまま、不規則に揺れる体に苛立ちながら、私は鏡と向き合っていた。
 上半身は母から借りた白いインナー、下半身は持参してきたリクルートスーツのパンツで覆っている。
 時刻は三時前。集合時間は三時半であるが私たちは急ぎつつ、いや急ぎながらモタモタしつつ身支度を整え始めていた。
 「チッ、暑くて汗かいたんだけど」
 苛立ちのまま舌打ちをこぼせば、弟が大袈裟に驚いた表情でビクッと肩を跳ねる。その手には、成人式で着たというスーツがあった。
 「お前マジ怖いわー……普通女の子がそんな舌打ちする?」
 「お前、前々から思ってたけど女の子に夢見すぎじゃない?」
 「夢見ていいじゃん!」
 食い気味に叫んだ弟に冷たい視線を向けながら、私は鏡に向き直った。
 背後に立つ弟もおかしなところがないか確認しており、視界に堂々と映り込むため非常に邪魔である。
 これ見よがしに大きく溜息をつくと「え、そんな嫌がらんでもいいじゃん……ごめんね?」と悲しそうな顔をした。
 謝りながらも確認作業はやめないあたり、なんとも思ってないのだろう。
 そんな弟を無視しながら、ギシリと悲鳴をあげる古い廊下を歩き、居間に戻る。
 居間には、お風呂上がりの母が化粧支度をしており、私はばあのベッドに腰をかけて体温計を取り出した。
 脇に挟み、測定を待っていると、顔を上げた母が私を見る。
 「しんどそうだけど、頑張りなね。本当に無理な時は控え室で寝てもいいから」
 「うん」
 じわじわと身体の芯から広がり続ける熱は、午前より少しマシになったのだろうか。眩暈が酷く、体調にあまり変化を感じない。
 「サクラ、こういう服似合うね。ワイシャツとかじゃなくて、丸首のやつとか」
 「そう?」
 ファッションへのこだわりが特に無いため、自分に何が似合うのかわからない。首を傾げた私に、母は「オフィスカジュアルだっけ? そんなのが似合いそう」と続けた。
 根っからのインドア派故に終始家で完結する私の生活スタイルとは真逆だ。そもそも、大学でも適当なオーバーサイズのシャツを羽織るくらいなのだ。おしゃれなんて本当に気分が乗った時しかしない。
 ピピピと軽快な音を鳴らした体温計を取り出す。体温は37.8度。午前と変化は無いようだ。
 母に無言で手渡せば、「あらら、下がらんねー」と言いながら返される。
 ティッシュで先端を拭き取り、ケースに戻せば母が脇に塗るタイプの制汗剤を寄越してきた。
 「熱で汗がひかない」
 「会場は涼しいから大丈夫だろうけど、着くまでが暑いからね。それしときなさい」
 母に言われたまま、制汗剤を塗り込む。愛犬チワワは、身支度をする私たちを大きな目でじっと見つめたまま、仕舞い忘れた長い舌をカピカピにしていた。
 すると、ミシミシと床が軋む音をたてながら弟も戻ってきた。ジャケットも着込んでおり、準備万端といった様子だ。とはいえ、居間にしかエアコンがないこの家ではたった数秒の距離でも汗をかく。
 部屋に入って直ぐにジャケットを脱ぎ、じいのベッドにどっかりと座り込んで脱力した。
 「暑すぎん?」
 「私は体内も熱い」
 「ドンマイ」
 適当な返答にイラつき、愛犬チワワを足下にけしかけてやれば、「ヒョワッ!?」と奇声をあげて足を体育座りのように抱え込んだ。
 スイッチが入ったのか、チワワはペシペシと床を叩き、ずんぐりとした体型であるにも関わらず、下半身を高くあげて臨戦体制である。
 母は驚いた様子で「えっ、プリコ?」と食い入るように見つめていた。
 「オッオッ……ウォッ!」
 子犬時代から鳴くのが下手くそなチワワは、鳴き声にも満たない声をあげて弟を見つめている。その様子は、弟を下に見て揶揄っているようにも感じられた。
 それを眺めながら、私は思う。
 ーーアニマルセラピーって、大事だな……。
 憂鬱な気分は変わらず、しかし眺めているうちに幾分か楽観的な思考になったことを実感しながら、母の準備を待つのであった。
 


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