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じいの葬祭18


 会場に到着し、車から降りる。弟の手荷物はリュックサックのみで、大層身軽な出で立ちだ。
 「これ開いてるの?」
 「開いてる」
 閉じられたガラス扉に近づき、軽く押して開く。弟は、頷いて通っていった。
 会場の扉を開くと、中の光が周囲を照らす。暗闇に慣れた目の奥を一瞬だけズキッとした痛みが走った。
 「おー! 久しぶり、ハル!」
 「よく来たねー。おつかれさまー」
 リュウと伯母が明るく弟に声をかけてきた。弟は「あ、はいお久しぶりです」と淡白な反応をしつつ、私に線香のあげ方を聞いてくる。普段は墓や仏壇にあげるので、祭壇は慣れていないようだ。
 軽く説明して、弟が線香をあげるのを見守った。猫背を更に丸めて、真剣に手を合わせている。
 数拍して、私に振り返り、口を開いた。
 「で、これからどうすんの」
 直球な問いかけに苦笑しながら、席を指差す。
 「まずは話を聞かないといけんから……」
  そう言って先ほどと同じ席につけば、弟は私の後を追って、隣の席にドカっと座った。隣に気心知れた人間がいるだけで、安心感がある。
 正面に座るかん姉は「来て早々にごめんね、ハル」と謝ってきた。それに、リュウは「ハルだから大丈夫でしょ」と軽く返す。時々弟の家に遊び来ていたらしく、気安い態度だ。
 「えーと、聞きたかったんだけど……なんで突然伯母さんは離婚の話出したん? 正直、関係なくなかった?」
 「離婚の話はアウトよ、アウト。俺だって嫌だし」
 弟はそう言って、顔をしかめる。再婚していた時期、一番割を食っていたのが弟であるため、あまり触れたくない話だろう。時々、追い詰められたようなメッセージも送られてきてた。当時は高校生で、多感な時期だ。大変だったろうな、と他人事のような感想が出てくる。
 初めて帰省したときは、「姉ちゃん居らんのか……またケンカ三昧なる」だの「姉ちゃん居るときは良いんだけど、居らんくなったら酷いよ」だの憂鬱な表情だった。
 一人暮らしをはじめてからは別の気苦労で忙しそうだが、前と今を比べると今の生活の方が圧倒的に気楽だろう。そんな弟は、ヒロに関わるのを嫌煙し、当時の話題に対しても敏感なのだ。
 伯母は私達の言葉に「うーん」と唸る。少し待ってみれど、回答が出てくることはないようなので、私は話を続けた。
 「あの時、『そんなんだから離婚したんじゃないのー』って言ってたじゃん? その前にも、ヒロのこととか色々言ったって聞いてる。その発言だけ聞くと、伯母さんはお母さんが全部悪いって言ってる様に聞こえるから……」
 きょとんとした顔で私を見る伯母の目を見つめて続ける。
 「お母さんはさ……関係ないのに離婚の話を出されたことに怒ってたし、多分自分の勝手で離婚したって、子供のことなんか考えてないって言われたように思ったんだと思う」
 ここでリカコさんについては話さなかった。母の交友関係を深掘りした件について触れれば、話がこんがらがるだろう。
 私はあまり、人と話すのが得意じゃない。本来なら、傍観していたい側の人間である。しかし、それでも許せないことはある。
 知らないのに家のことをあれこれ言われるのは嫌いだし、悪口を聞くと気分も悪い。自分の大切な人が貶されているのを見るとコテンパンに言い返したいし、手をも出したくなってしまう。
 短気で癇癪持ちな私は、冷静に話し合うのに不向きなのだ。
 私は、六割ほど本気の気持ちで、伯母に問いかけた。
 「お母さんが全部悪いって、言ったように思ったわけなんよ。でも、そういう意味じゃないんでしょ?」
 しかし、返ってきたのは無常な一言。
 「そういう意味で言ったのよ?」
 「は……?」
 私の思考は、一気に真っ白となった。
 伯母は、母から事の顛末を聞いているはずである。聞いているのに、この発言だった。
 「子供のこと考えたら離婚なんてせんでしょうよー。あの子昔からああだからねー、自分のことばっかり」
 「ママッ!」
 機嫌良くペラペラと話す伯母。
 理解できないものを見る様に、私は伯母を呆然と見つめていた。
 視界の端に、リュウがくしゃりと表情を歪めたのがわかった。
 ダンッとテーブルを叩いて立ち上がったリュウは身を乗り出して怒鳴りつけた。
 そんな彼に「なによーリュウ。うるさいよ」と文句を返している。凍りついた思考は、腕をぎゅっと握られる感覚で溶けていった。
 弟が、素知らぬ顔で私の腕を強く握っているのだ。強い、と言っても励ますような、優しい力加減だ。
 伯母の言い分では、母は子供のことを考えていない自分勝手な女だということか。ほほう、なるほど、なるほど……そうか。
 数秒間伯母の言葉を脳内で巡らせて、なんとか飲み込んだ。
 そして、私は冷たく冷静な思考でこう思った。
 ーーあ、これ無理だ。
 鼻の奥がツンと痛む。目の奥が燃えるように熱くなり、同じくらい熱い水が目からこぼれていく。サングラスは瞬く間に水滴が付着した。
 リュウは、そんな私の様子を見てハッとしたように表情を歪める。
 こぷりと喉奥に苦く酸っぱいものが込み上げた。
 椅子を蹴り上げるように立ち上がり、トイレに走る。
 リュウは私を追って、「ごめん、サクラ。ちょっと待って」と言っていたが、こんなところでぶち撒くわけにはいかない。
 だって爺の前なのだ。それに、リュウやかん姉、私を気遣っている人たちに迷惑をかけたくない。弟も、来たばかりで訳がわからないだろうに、情けない。情けないことこの上ないが、それでも無理だった。
 「ごめん、吐きそうだから、ほんとごめん」
 情けなく震えた声でそう言って、私は会場を出てすぐ隣にある女子トイレに駆け込んだのだった。


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