神の子孫 《ショートショート》

なぜ人間だけ、次々とものを作るのだろう。

目の前に積まれた、水気を含んだ土の山をじっと見て、アテマは今日5回目のため息をついた。秋の収穫祭まであと2ヶ月を切っていた。土器や土偶づくりには新月から満月になるよりも時間がかかる。もういい加減に着手しないとならない。

手持ち無沙汰に、腰まで届く長い髪を一度解く。先ほどと同じように高く結い上げ、6回目のため息をついた。


今回は12歳になるアテマにとって、初めて自分の名で作品を発表する機会だった。土ほど親しんだものはない。彼女の腕は、すでに多くの大人に認められていた。スピードも早く正確で、細かい細工も得意、どんな技法も使いこなしてしまう。

あるときからアテマは自分の作品を作るのをやめ、大人の作品づくりの手伝いに徹するようになったが、ついに12歳になってしまった。どんなに下手でもどんなにいやでも、土器職人としては一人で作品を発表しなければならない歳だ。


アテマは、考えにふけるときに右手と左手の小指を合わせて両の手のひらを見つめる癖があった。だんだん、水を汲むときのように両手の真ん中がくぼんでいく。何かが落ちてくるのを待つようにじっとしている。



人間がいちばん偉いのかもしれないのが、とてもいや。そんなことを考えてしまう自分もいや。

人間は、ものを作る。器も家も、服も、なんだって。様々なものを作りあげてしまう。もちろん動物も作っている。蟻も巣穴をほっているし、鳥も枝などを使って家を作っている。

でも、動物と人間はちがう。動物は、何も言われなくても必要なものだけ作っているのに比べて、人間は次々と新しいものを作り出す。壁からちょっと水が漏れるな、と思ったら水が漏れないようにすることができてしまう。別に、水が漏れてたって生きていけるのに。鳥たちも、少しは工夫しているかもしれないけど。もっとずっと長い時間をかけて変わっていくんだと思う。

人間だけ、ずるいんじゃないの。

何より、動物たちは誰かに食べられてしまうのに、私たちは彼らを食べるだけ。人間を食べる獣はなんでいないの。動物を仕留めるのは必要な分だけだし、山の神様へ感謝の気持ちをお伝えしている。それでも、なんだかおかしい気がする。

人間は他の動物よりも優れている。なんて、思ってはいけないのかもしれない。でも。こんな手をした動物はどこを見渡しても見当たらない。

私、なんでも作れてしまう。このことが、はてしなく恐ろしかった。



ふと、目の前の土の山から人の頭くらいの大きさの塊が持ち上がり、手足がつき、50cmほどの人間の形になっていった。


「やめて」

アテマは思わず立ち上がる。これが彼女が一番倦厭していたものだった。動物を作るのはまだわかる。日頃お世話になっているから感謝の気持ちを込めて作りたくなるものだ。しかしなぜ、人間が人間を作るのか。

土の小人の輪郭はますますはっきりしていく。腰のくびれ、体の模様、そして、顔が作られようとしていた。

「待って、待ってよ」

小人の顔が変形しないよう、あわてて押さえつける。身ごもった人のお腹に触った時のように内部から両手を蹴り飛ばされるような感覚がしばらく続いたものの、何かが諦めてくれたのか、しばらくするとおさまった。

いや、油断はできない。もう少しおさえておかなくちゃ。両手はそのままに、すこし落ち着いて上半身を動かして小人の体を見回してみると、驚くべきことが起こっていた。

目の前にあったのは、アテマが普段大人の手伝いをしながら思い描いていた、まさに理想の土偶だった。人型の作品は、一番恐れながらも最も想像をふくらませてしまうものだった。

どの部分を見ても、間違いない。体の中心部に描かれた円の重なり、男性でも女性でもあるようなたくましい体の線、人よりも大きくしっかりした足。


驚きのあまり両手をゆるめると、小人の顔ほどの大きさの薄い板のようなものが手にくっついてきた。


「顔も、作っていいからね」

と、誰かが耳元で囁いたようだった。

「怖かったら、その仮面をかぶせてもいいからね」


ここまですでに作られているのだからと、言い訳をするように小人に再び手を伸ばす。

すると、ダムが決壊するかのような勢いで、アテマの中にそれは流れてきた。体の芯から血液中に燃え広がるように熱く激しく、しかしけして不快ではなかった。

その奔流は、両手を通じて外に出ていった。小人にははっきりと顔が刻まれていた。ほんのりと、笑っている。

かわいらしい。でも、この人は人間ではないの。だから、仮面はかぶせておいた。


私たちは、気の向くまま、作っていいのだ。人間が作るものは全て、人間が作っているようで、そうではない。何か大きな力を通じて、動物にはできないことを人間はしている。その代わりに、周りの人間や動物のためにその力を存分に発揮すればいい。

アテマの手は、輝きを放ちながら残りの土の山へ向かっていった。





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