18世紀・英国デンティストに学ぶ歯科マーケティング【②Another view 医療システムの過去・未来・海外】Learning Dental Marketing from 18th Century Britain.
第2回目のテーマは、「18世紀・英国デンティストに学ぶ歯科マーケティング」です。
18世紀ヨーロッパで始まった消費熱と、フランス革命で亡命・渡英したデンティストによって近代歯科医療の源流が生まれました。それから半世紀、都会を中心に発展したイギリスの歯科医療のマーケティング術を探ってみたいと思います。
意外と、今のマーケティングにも生かせるヒントがたくさんあるのです。
1. 充実していた歯科治療
フランスからの亡命「デンティスト」からもたらされた歯科医療(「誰も語らなかった、世界に医療が広がった意外な理由」を参照)は、18世紀後半にイギリスで急速に発展しました。
技術的な面では、抜歯、詰め物、入れ歯、移植の他、ホワイトニング、矯正なども含め、感染予防対策や麻酔技術を除けば、現在と同じような治療がすでに存在していました。
例えば入れ歯。
18世紀頃の西洋の入れ歯は銀などで枠を作って、そこに象やカバなど動物の歯、骨から作った人工歯を装着するもので、職人技を結集した、極めてゴージャスな装飾品でもありました。ただし、現在の入れ歯とは違い、咀嚼を助ける機能は乏しく、食事の時には外すのが普通でした。
また、動物の歯や骨は、しばらく使っていると着色しやすく、臭ってくるのが難点だったそうです。そこで、18世紀末から19世紀初めにフランスから導入された最新技術がポーセレン(陶器)の歯。ウエッジウッドなど、高級陶器の工房が手掛けた製品が、今でもイギリス歯科医師会博物館に展示されています。
はじめは、土台ごと陶器でできていて、「重い」「口の動きに沿わない」という欠点がありましたが、そのうち1歯ごとに作製されるようになり、現在にもつながる技術に成長しました。
2. 開業地は富裕層と〇〇が集まる都市部
そして、歯科治療でなく、マーケティング手法も、今とあまり変わらないものがありました。
当時のデンティストの多くは、大都市中心部の“ストリート”と呼ばれる目抜き通りや、温泉などのある、新興の観光地に診療所を構えていました。
当時、一般的な診療形態は往診でしたが、ニーズが増えると移動のロスがない外来診療の方が効率的です。中には、コーヒーハウスの一角に「診療所」を構えて診療するデンティストもいたようです。
彼らがなぜ、都市部での開業にこだわったのか。さまざまな理由が考えられますが、
① 顧客になる富裕層が集まりやすい
② 入れ歯などに使う貴金属を入手しやすい
という2つの理由が大きいのではないかと思われます。
デンティストは、内科医などと違って新しい外来の職業のため、最初から教会や地方自治体の管理下にはなく、自由に開業地を選ぶことができたと考えられます。そのため、「一番儲かりやすい立地」を敏感に探し出していたのかもしれませんね。
3. ケア意識を高める、決めゼリフ
18世紀末、歯みがきなどのケアグッズをイギリスだけでなく世界中で拡販した人物がいます。19世紀初頭、陶製人工歯の普及にも関わった歯科外科医・バソロミュー・ラスピーニ(1730~1815年)は当初、イタリアで外科医の資格を取得したと自称。著書では「(当時、先進国と見なされていた)イタリアやフランスでは、人々の歯に対する意識は高いが、イギリスではそうではない」と、イギリス人の消費マインドをあおり、自らの先進的な歯科技術をアピールしていました。
ラスピーニを始めとするデンティストは、お金持ち相手に歯科治療をするだけでなく、より幅広い消費者を対象に、歯みがき粉やマウスウォッシュ、その他の万能薬などを売っていました。東インド会社を通じてアジア方面も含めて手広く通信販売していた記録がありますが、やはり、中心は身近な店舗での対面販売。そのため、こうした物品の流通のためにも、都心部での開業は便利だったようです。
ところで、「歯科先進国では、これが常識だ」という啓発的な言説。今の医療界でもよく見かけるのではないでしょうか。
歯科医療の場合は、スウェーデンやアメリカなどを例に、「歯科先進国では人々の歯への意識が高い」と啓発されることが多く、私たちも海外製品の中でも北欧・米国製のケアグッズにはつい目が行きがちです。
「わが国では△△△だが、かの国では〇〇が常識!」という文脈の健康啓発の手段はすでに、18世紀から存在したと言えそうです。
4. 過熱する消費マインドが生み出した、奇妙な料金表
余談ですが、当時はまだ人類が初めて経験した消費社会の勃興期。様々な資料を読んでいると、過熱する、「カオスなエネルギーを感じられる記録」に出合います。
その一つが、下の価格表です。どこかおかしいと感じませんか?
現代では、同じ製品ならば大容量パッケージの方が、お得になるのが一般的です。しかし当時は 極端な需給のアンバランスが生まれ、「多く買った方が、単価が高くなってしまう」という、現代では考えられないような現象も発生していたのです。
4. まとめ
18世紀イギリスのデンティストをマーケティングを探ってみると、
① 歯科治療の内容は充実していた
② 開業地選びは、富裕層と貴金属が集まる都市部に集中
③ ケアグッズを販売するために「歯科先進国では……」と啓発活動
④ 消費熱が過熱期、歯磨き粉は現代とは逆の「お得」値付け
という現象が起きていたことが分かりました。
次回は「歴史から紐解く、歯科と医科が分かれた時」です。