HARVEST

One person’s tragedy is another person’s excitement.
――ひとの不幸は蜜の味。


新カルディア歴4123年7月3日
――収穫船『ペリステリ』ラウンジの会話記録

「……次の航行先は惑星ギ−003だそうだ」
「遠いな。またジグソーパズルが捗るぜ」
「いい加減、完成させろよ。ピースがあちこち散らばって邪魔くさい」
「はいはい。ちゃんと片づけますよっと」


新カルディア歴4123年9月26日
――『ペリステリ』より母星への通信

「無事 惑星ギ-003付近ヘ到達」
「コレヨリ 果実ノ収穫ヲ 行ウ」
「前回ノ収穫ヲ 遥カニ超エル 大豊作」
「コノ惑星デ育ッタ果実ハ 量・質トモニ最高ダ」
「大イニ 期待シテ 待テ」


新カルディア歴4123年9月28日
――『ペリステリ』貨物室の会話記録

「すごい量の収穫だったな。しかもめちゃくちゃに美味そうだ」
「あぁ、お前はここの収穫は初めてか。最初にギ-003を見つけた奴はあの星があまりに原始的なもんだから、権利をすぐ売っぱらっちまったらしいが。あそこにしか住まないへんてこな生物に目をつけて、果樹園として整備したうちの社長の慧眼には恐れ入るよ」
「あの生物は本当に便利だな。足が2本しかないのが不気味だが、少し道具を与えただけで、勝手に果実を育ててくれる。おれたちの仕事も教えれば代わりにやってくれるんじゃないか?」
「お前はあの勤勉さを見習ったほうがいいぞ。大体あのパズルだって結局……」
「もうパズルのことはいいだろ。他にもいろいろとやることがあるんだよ」
「食べ残しが入ったポテトチップスの袋を床に置いて人に踏ませることか?」
「わかった、わかった。戻ったら今度こそ片づけるって」
「お前と同室になってから、本当にろくなことがない」
「……なんだか、ずっと匂いを嗅いでたら腹が減ってきたなぁ。これ、ちょっと味見してもいいか?」
「駄目に決まってるだろ。大事な商品なんだから」
「でも、匂いだけで酔いそうだ……絶対、とんでもないくらい美味い」
「母星に収穫量を報告してるんだ。勝手に減ってたら減給じゃ済まないぞ」
「もう一回収穫すればいいじゃないか。獲りきれなかった分がまだまだ残ってる」
「だが獲り過ぎは厳禁……おい、駄目だって言ってるだろ」
「美味い! こんなに美味い実は生まれて初めてだ! お前も食えよ!」
「んむ……確かに美味いな」
「ああ、手が止まらない! 美味すぎる!」
「待て、そんなに食ったら……」
「お前もさっき食べたから同罪だろ! こんな上質な実、普通に暮らしてたらおれたちの口には一生入らない! 今しか食えないんだ!」
「おい、やめろ!」
「ああ、ああ、美味い! 美味い!」
「やめ……」
(鈍い音がして、クルー1名が沈黙)
「美味い、美味い、美味い、美味い美味い美味い……」
(ひたすら咀嚼音が続く)

新カルディア歴4123年10月19日
――母星から『ペリステリ』への通信

「『ペリステリ』乗員ニツグ 至急応答セヨ」
「応答セヨ」
「一定時間 無応答ノタメ 強制通信チャネルヲ開ク」

「……おい、誰かいないのか?」
「前回通信以降の船内定点カメラ及びレコーダーのデータ、取得中です」
「一体、何が起きたっていうんだ」
「9月28日……クルーが貨物を勝手に食べている映像があります」
「馬鹿なことを。帰還したら解雇処分だ」
「あ! クルー1名が静止しようとしたクルーを殴りつけました! 殴られたクルーは倒れています」
「何だと!?」
「しばらく延々と貨物を食べていますね……あ、別のクルーが来ました。貨物を食べているクルーを止めようとして……あぁ、また」
「何者だ? このクルーは……」
「船員データ照合します。……多少、勤務態度は不真面目なようでしたが、犯罪歴はないようです」
「他のクルーはみんなこいつにやられたのか? こいつはどこへ行った?」
「早回しにします。9月30日、『ペリステリ』が再び惑星ギ-003付近に移動したようです。例のクルー以外、生存している者はいない……ようです」
「そんな馬鹿な……」
「収穫装置を起動しています。……ん? 出力が……」
「どうした?」
「リミッターを超えて収穫しています。これでは、惑星ギ-003の果実を獲り尽くしてしまう!」
「果実を獲り尽くすだと? それでは、星が枯れてしまうじゃないか!」
「……本当に、すべて獲り尽くしたようです。クルーが貨物室に移動し、果実を貪り始めました」
「現時刻の船内はどうなっている? こいつは生きているのか」
「カメラ操作します。収穫装置が、持ち出されてるようです。あのクルーは……船内のどこにも、いません」

西暦2023年5月7日
――日本

ある学生は『今日で連休が終わる』と陰鬱な気持ちで、自宅でゲームに興じていた。
連休明けが締切の課題には、まだ手をつけてすらいない。もうそろそろ始めなくては。でも、面倒くさい。現実逃避だと分かっていても、ゲームを操作する指を止められない。時計を見るたび、自己嫌悪が募る。
どうしていつも駄目なんだ。連休中、あんなに時間があったのに。厳しいと評判の必修科目で、春期のはじめから課題を提出できなかったら、単位を落としてしまうかもしれないのに。
苛立ちからゲームの操作ミスが増え、不快感がさらに加速する。
一瞬、何かが窓の外を通ったような気がした。いや違う、部屋の中から何かが出ていったような……。
そんなはずはないと思いながら、学生は自室の窓を確認した。
うん、ちゃんと閉まってる。やっぱり気のせいだ。
安心した学生は、再びゲームで遊びはじめた。上機嫌で鼻歌まで歌いながら。不思議なことに、先ほどまでの自己嫌悪や不安は、綺麗さっぱり消えてなくなっていた。
つらい感情は何もかも消えて、失くなったのだ。

同じ時刻、街を歩く人々はみな笑顔だった。それまで悲壮な顔でうつむきながら歩いていた人も、今ではスキップするような軽い足取りでどこかへ向かっていく。
人生の艱難辛苦に磨かれるどころかすり減らされて生きていた人々は、そうした苦しみがすべて、自分の中から消えてしまったのを感じた。
加えてそれ以来、どれほど不快な経験をしても、ネガティブな感情は即座に消えてしまうようになった。

人々は、常に満ち足りた気分で生きられるようになった。
そして、人は「恐怖」を失った。

取引先の信用を修復不可能なほどに損なうことも、財産の一切合切を失うことも恐れなくなった人類は、ついに死ぬことすら恐れなくなり、初めは緩やかに、次第に速度を上げてその数を減らしていった。

ある人は、限界までスピードを出してみたくなった人間の車で跳ね飛ばされて死んだ。
ある人は、今すぐ死後の世界を知りたくなって、会社の窓から飛び降りて死んだ。

そのようにして自分の家族や大事な者が死んでも、誰一人として不幸を感じなかった。
真面目に仕事をする人がいなくなり、食料の供給が止まって飢え始めても、人々は争うことなく、手をつないで踊っていた。

こうして人はみな笑顔のまま、絶滅したのだった。

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