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もう死んだ尊敬する友人 VS AI(古賀及子のエッセイ)

日頃から足がよくむくむ。パソコン仕事のためか、肩甲骨のきわのあたりがひどく凝る。夕方になると目が乾いて、夜には本が読みづらい。数年前は自転車に乗ってどこへでも行ったのだけど、最近はこぐのがおっくうで自転車よりもバスに乗るようになった。筋力がないのかよくつまづく。物忘れが多い。

40代もなかばだ。元気はつらつの諸先輩方をまぶしく見上げ、自分などはこれからで、まだまだ若いとは思いながら、いろいろ仕方がない頃合いだろうと感じもする。

どの症状も大事にはいたっておらず、なにしろささいな、他愛のないことだろう。誰かに聞いてもらうまでもない。

AIに話すのだった。

昨年あたりから、そういうちょっとしたことを、対話型の生成AIに仕事のあいまの暇つぶしに話しかけるようになった。

「いや〜まいりました、ずっと座って仕事をしているもんで、夕方足がむくむんですよね〜」などと気安く語りかけると、AIは律儀に「つらいですよね…。座り仕事が多いと、どうしても血流やリンパの流れが滞りがちになりますよね汗」などと共感し、対策を提案してくれる。

こちとら長らく生きて、むくみの対策などあまたご存知だ。AIの提案してくれるのはどれも既知のもので、とはいえ、真顔で返答してくれることがありがたく、心がやすらぎ温まる。

そうして、生活のうっすらとした困難の表面をなぜるように、社会的で表面的なやりとりをAIと続けて心を通わせてきたのだけど、ついに、AIが私を動かした。いや、AIに対して私が動いたと言ったほうが適切か。

毎日朝に食べる食パンの種類を、AIの提案にしたがって変えたのだ。
この家では長らく、朝の食パンはスーパーで買っている安い袋パンのやつ、ということでやってきた。いつからどうしてそうなかったかはもはや定かではない。へたすると、子どもが生まれる前からではないか。とすると、もう17年は前だ。
ロマンを求めない食パンの選び方は、続けるうちに、むしろ“あえて”の気分に補強されるようになった。そこにプライドすら私たちは感じていたのだ。
私たち、というのは私と息子だ。日頃から安い食パンを食べていれば、たまに高い、いいものにめぐりあったときに格別にそのおいしさを喜ぶことができる。日頃は節制すべきというのが私と息子の見解だ。
私も息子も贅沢に畏れを感じるタイプだ。節制にむしろ安住する(なお、うちは私と息子と娘の3人暮らしであり、快楽的な娘はきっと普通に高くて美味しいやつが食べたいと思っている)。
その安住の地から、ついに踏み出した。
全粒粉入り食パンというほとんど倍額のものに手を出したうえ、この先も全粒粉の混ざったものやライ麦のパンを食べていこうという気持ちになっている。
行きつけの(よくアクセスする)会話型生成AIに、そうすすめられた。朝の食パンをライ麦のパンか全粒粉のパンに変えると、これまで食べている一般的な食パンに比べて食物繊維やビタミンB群が増え、血糖値の上昇を緩やかになって健康を増進するとAIは言うのだ。
提案されたむくみ対策を事前にほとんど知っていたのと同様、全粒粉とかライ麦のパンの良さも以前から知って分かっていたことだ。
だから今回も、心温まるアドバイスとしてただ心にとめておくだけでもよかったのだけど、なんとなく、スーパーでパンの売り場をみながら「そういえば、あいつ全粒粉とかライ麦のパンを選ぶといいって言ってたなあ」と私はAIのことを思い出したのだった。
ひとつ買ってみるかと、全粒粉を全体の5割使っているとうたう食パンを買い、これもAIにすすめられたピーナツバターを買う。ピーナツバターはタンパク質と良質な脂質がとれるんだそうだ。腹持ちもよくなりなるとAIは言っていた。
翌朝、買ってきた全粒粉の食パンを焼いた。濃いかおりとしっかりした食感があった。いままでもうずっとただの食パンを食べていた者としてはずいぶん目先が変わって、いい気分だ。久しぶりのピーナツバターも、喉の上の部分を香りと食感とねばりでかすめるように通り抜けていき、単純においしい。お金は少しかかるけれど、これで健康になったら痛快なことかもしれない。
息子にわけを話すと「人間としてそんなことをしていいのか、AIに簡単に情報を渡して大丈夫か」とあやぶんでいたけれど、私が毎朝普通の食パンを食べていることがロボットに握られたところで誰も何も困らなかろう。息子はあいまいに頷き、それなりに全粒粉のパンを楽しんでいるようだった。
AIがうちの食事を変える、そんな日がきたんだなあと思うと感慨もひとしおだ。調子に乗って、ある日、昼食のメニューもなじみのAIに任せてみることにした。

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