古賀及子の『気づいたこと、気づかないままのこと』 第6回「のどのたこ取り」
都心のターミナル駅から郊外へ向かう私鉄路線の鈍行に乗って数駅、各駅停車しか停まらないけれどいまだ都心の余波の及ぶ駅前は賑わっており、商店街が駅から幹線道路へ向けて活気をもって突き抜けていく。
電車を降りて改札を抜け、商店街を買い物客の間をすり抜けるように寄り道もせずまっすぐ歩く私は18歳の短大生で、ひどくのどのたこを気に病んでいた。
たこを取るため病院に、自宅から片道1時間かけて今日もきた。
のどのたこというのは声帯結節といって、声帯がこすれあうことによってできる小さなできもののことだ。
よく歌手が声帯にポリープを患うことがあるがそれに似た症状で、たこがじゃまをして声帯がしっかりと閉じず、きれいな声が出ない。声帯をふるわせるために強い力をかける必要があり声がかれる。さらに、かれたまま発声を続けると早々に声が出なくなる。
高校生のころ、人よりもずっと声がかれやすいのに気づいた。高校生活は大声を出す機会が一般的な大人よりも多い。体育科や部活動、行事で誰かを応援する、音楽科の時間に合唱する、放課後カラオケに行く、永遠におしゃべりをするなど。まとまった時間ある程度声を張るとわかりやすく声が出なくなってしまう。周りの友人らにはないことだったから、じわじわと、これは少しおかしいのではないかと思うようになった。
普段出る声が出ないことは不便で、そして、不便以上に悲しいのだった。自分の感情ごとなくなるような気持ちがして、いながらにして不在を感じる。声がれは大声の末路であるから状況に悲壮感がなく、誰にも心配してもらえない、ともすればむしろ茶化されるのも寂しい。
あるとき学校にナレーターの仕事をしている方がやってきて話を聞く機会があり、声がかれたらどうしますかとたずねた。
「沈黙します」
私は絶望した。声がかれているうちは、言葉を発してはいけないのだ。発せば発するほど治癒は遠のくとその方は言った。「とにかく黙ること、それしかありません」
本当にそれしか方法はないのか。もっと積極的に治療する方法があってもいいはずだ。その筋では名医と呼ばれプロの歌手も通う病院がある。情報は高校を卒業し短期大学に上がってから、学校のPCルームからネットで情報をあさって得たように記憶している。
名医は商店街と幹線道路がぶつかる角の雑居ビルの二階、小さな病院にいた。初診ですぐに声帯に結節、たこがあると診断された。
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