渡辺徹さん追悼・後編 ~山田邦子さんの記事(スポニチ)~ のご紹介
☀渡辺徹さん追悼
前回のブログで、私は渡辺徹さんの追悼ブログを書かせて頂きました。
本日も追悼の意をこめまして、山田邦子さんの記事をご紹介させて頂きます。
以下、スポニチの記事です。
☀『いきなりフライデーナイト』
記事中の『いきなりフライデーナイト』(フジテレビ系)はリアルタイムでよく観ておりました。
特に、この番組では「テレビエアーチェック」と言うコーナーがありました。
昔のテレビ番組を紹介するコーナーで、実際に30分番組なら、前編・後編の2週に分けて昔の番組全編を放送していたので、とても楽しみにしておりました。時はレトロブームと言われ、他局では三宅裕司さん&山瀬まみさんが司会を務めた『テレビ探偵団』等が放送されていた昭和の時代でした。
今でも特におぼえているのは、初代仮面ライダーの「藤岡弘、」さんをゲストに迎え、実際に『仮面ライダー』を放送した回です。オープニングでは、徹さんも邦子さんも「ゴー、ゴー、レッツゴー! 輝くマシン……」と一緒に楽しく歌っておりました。
藤岡さんは、ショッカー(に扮した人、おそらくADか?)が馬のようになって作ったイス(背中)に腰掛けて、照れながら「のっちゃって大丈夫?」とショッカーに気を遣っていたのを思い出します。
ちょうどその回で、藤岡さんは新婚旅行の逸話を話しておりました。その数年前、藤岡さんが主演したSFサムライ映画『SFソードキル』(制作国:アメリカ、監督:J・ラリー・キャロル)を見て感激したオーストラリアの総督(オーストラリアの名目上の元首であるエリザベス女王の代理人)に、新婚旅行先としてオーストラリアに招待された……と話していました(あくまで私の記憶です。ウィキペディアでは、そのことにもふれています。さすがウィキペディア、恐るべし!)。
今となっては、藤岡さんの「サムライ」のイメージが出来上がり、さらにはお子様達が活躍されていることを思うと感慨深いものがあります。
☀『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』
また記事中の邦子さん、徹さん、森末さんとくれば『邦ちゃんのやまだかつてないテレビ』(フジテレビ系)を思い出します。これもリアルにみておりました。
特におぼえているのは、KANさんの「愛は勝つ」の替え歌です。KANさんご本人もこの番組に出演して歌っておりました(と言うか、この番組の主題歌? 挿入歌?だったような??)。
以下のような替え歌でした(うろ覚えですが)。
「心配ない『唐揚げ』
どんな時『天丼』
……
『カレーうどん』、『カレーライス』
……
愛するせ『つなサラダ』
少し疲れ『天丼』
……
どんなに『こんにゃく』で
くじけ『そうめん』
『豚汁』ことさ
かならず最後は『チキンカツ』」
以上、食べ物を取り入れた替え歌にして、みんなで歌ったのです。しかも、ただ歌ったのではなく、皆の歌声に合わせて、これらの食べ物を、実際に徹さんが一生懸命食べる……と言うネタ(企画)でした。
当時は既に、徹さんはそう言うキャラになっていて、大笑いしながらみていた記憶があります。この「やまかつファミリー」はみんな仲がいいのだろうなあ、とテレビを観ていても分かるようでした。
☀プロレス会場での山田邦子さん
山田邦子さんは、最近ではよく、プロレス観戦もされている様でした。と言いましてもコロナ前の話ですが、私自身、ノアの後楽園ホールの会場などで度々、山田さんをお見かけすることがありました。ファンの方のツーショット写真のリクエストに、気さくに笑顔でこたえていらっしゃいました。
そんな笑顔を絶やさない、太陽のような明るいイメージの邦子さんですが、当然、人には分からない苦労もあるのでしょう。記事を拝読しますに、どれだけ徹さんが邦子さんの支えになっていたか、が分かるようです。
山田邦子さんのあの笑顔は、きっと渡辺徹さんはじめ、気の合う仲間達に支えられているからこそなのでしょう。
渡辺徹さんと山田邦子さんの仲の良いMCぶり、コンビぶりを思い出すと、山田邦子さんの胸中をお察し申し上げます。
「太陽にほえろ!」でデビューされた渡辺徹さんは、私たちだけでなく、山田邦子さんをはじめ、多くの方々を太陽のように照らして勇気づけてくれました。元気づけてくれました。
本当にありがとうございました。
ここに改めまして、渡辺徹さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。