季語の殺し方4 秋刀魚  類想からの脱却術

秋刀魚

 今年は豊漁らしいが、そこまで安い秋刀魚をスーパーでみかけなくなつた。僕が自炊を始めたことは一尾100円程度で当たり前だつたのに、いつの間にか一尾で1000円を越す秋刀魚なんてのも珍しくなくなつた。秋刀魚なんて下魚だと言ひくるめられてゐたが、案外目黒の殿様の見立ては検討違ひでもなかつたやうだ。しかし千円の秋刀魚なんか誰が食べてゐるのだらう。まあラーメンも千円以上のものが登場したときは驚いたが、いまではざらだもんなあ。あんなもん五百円ぐらゐが適正価格だらうに。ちなみに僕はラーメンはニンニクを食べるための媒介として思うてゐない。麺を固めで注文するのは待つ時間がもつたいないから。味の好みとは関係ない。といきなりラーメン批判になつてしまつたが、僕が否定してゐるのは「大衆性」である。僕ら中流以下の人間は大衆性といふことにすぐに安心してしまふ。安心は敵だ。常に警戒してゐないと、詩のチャンスは逃げてゆく。

  なんとなく秋刀魚一匹焼けるまで 岸田稚魚

 なんとなく大衆を代表する魚になつてしまつたが、形状のわかりやすさが秋刀魚の認知度の高さに繋がつてゐるはずだ。切り身より、一匹の魚のかたちが馴染んでゐるのは鯛と秋刀魚ぐらゐではないか。

  これは一槍と呼びたき青秋刀魚 鷹羽狩行
 
 刀みたいな魚だといつてゐるのに、槍と見立てる大胆さ。このくらゐやらないと秋刀魚のかたちを詠むのは難しい。尖つたり、光つたりさせた瞬間に才能なしだ。 

  煙ごと七輪はこび初秋刀魚 鷹羽狩行
  全長に回りたる火の秋刀魚かな 鷹羽狩行

 同じ作者にこんな句もあつた。「全長」なんて憎たらしいぐらゐうまいなあ。硬質な作者と、秋刀魚の大衆性が止揚して絶妙な仕上がりだ。

  妻よ子よ黒焦げ秋刀魚食膳に 村山故郷

 こんな句はもうダメだらうなあ。秋刀魚が大衆性を得たのには映画「秋刀魚の歌」の影響もあらう。いまから秋刀魚のある食卓のわびしさを詠むことは時間の無駄だ。

  秋刀魚焼き宝くじ焼く青焔 右城暮石

 秋刀魚は圧倒的に焼き秋刀魚。句としても焼いた秋刀魚の句は多いが、掲句は炎が主人公で出色。宝くじを焼く未練がましさにきゆんきゆんする。
 ちなみの僕の今年の初秋刀魚は、秋刀魚御飯だつた。パスタにしてもいいし、新しい秋刀魚の句のために料理方法を変へてみるのがいいかも知れない。

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