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臨床の行方:withコロナ時代のパノラマエックス線写真によるAI診断と災害時身元確認

月刊『日本歯科評論』では歯科界のオピニオンリーダーに時評をご執筆いただく「HYORON FORUM」というコーナーを設け,「臨床の行方」「歯学の行方」という2本のコラムを掲載しています.
本記事では9月号に掲載した「臨床の行方:withコロナ時代のパノラマエックス線写真によるAI診断と災害時身元確認」を全文公開いたします(編集部)

高野栄之(1)・桃田幸弘(2)
1 徳島大学病院 口腔管理センター 副センター長
2 徳島大学 医歯薬学研究部 口腔内科学分野 講師


コロナ禍の中,生活や仕事のIT化・オンライン化が急速に進んでいる.教育や仕事はリモートで行われ,医療現場ではオンライン診療も行われるようになった.新しい技術の応用として,新型コロナウイルス肺炎診断支援AIがエムスリー社,富士フイルム社,インファービジョン社,シーメンス社などで開発され,一部はすでに承認されている.

わが国が抱えている危機は新型コロナウイルス感染症だけではなく,最も警戒すべきものとして南海トラフ地震や首都直下地震などの大地震がある.歯科の重要な役割の一つとして,このような大災害時のご遺体の身元確認があるが,「令和2年7月豪雨」でも問題となったように,新型コロナウイルス感染拡大予防の観点で,県をまたぐ人的支援や被災地での3密回避の課題が生じており,今後,災害時身元確認においても分散・遠隔化などが必要となってくる.

歯科におけるAI応用の現況

歯科におけるAI応用事例を列挙すると,岐阜大学と朝日大学では2014年より,パノラマエックス線写真から各種疾患をスクリーニングするプログラムの開発を,また東北大学とNTTドコモは2017年より,スマートフォンを用いた歯周病発見支援AIアプリの開発に取り組んでいる.

GMO医療予約技術研究所は2017年より,受付や予約業務を効率化するためにカスタマイズしたロボット(Pepper)を販売している.三井化学とクルツァー社は2018年からAI搭載の診断支援ソフトウエアを開発,2019年からは東京医科歯科大学と共同研究を行っている.大阪大学では2018年から,「ソーシャルスマートデンタルホスピタル構想(S2DH)」として,NECとの矯正歯科用AI・舌粘膜病変AI・歯周病AIの開発,モリタ社とのAIチェアユニットの開発などを進めている.

また,現在われわれと共同研究を行っているメディホーム社は,2018年にパノラマエックス線写真診断支援AIを開発した.

徳島大学での研究と開発の状況

2011年の東日本大震災は死者15,897人,行方不明者2,533人と甚大な被害をもたらした.犠牲者の中には顔貌や着衣,持ち物などでは身元が確認できない方も多く,約8%にあたる1,250人の身元は歯科所見で判明した.しかし,確認に膨大な労力と時間を要し,歯科所見のデータベース化などの必要性が浮き彫りとなった.

南海トラフ地震が発生した場合の犠牲者は,東日本大震災の約20倍・32万人となる可能性があり,迅速な身元確認環境を早急に整える必要がある.2020年4月1日に施行された死因究明等推進基本法にも,歯科情報の標準化やデータベース整備などの施策が盛り込まれ,死因究明等推進計画が推進本部・検討会により2021年4月を目途に作成される予定となっている.
南海トラフ地震での被害が懸念される徳島県を中心に,環境整備を進めているわれわれのグループでは,AI等を用いた生前の歯科所見データの蓄積とご遺体の歯科所見採取の迅速化を目指している.

まず,診療で撮影することの多い口腔内写真やパノラマエックス線写真を用いて,平時から歯科所見データの蓄積を行う.徳島大学工学部の協力のもと開発した口腔内写真自動分析アプリケーションと,メディホーム社の開発したパノラマエックス線写真診断支援AIを用いて,所見を「口腔診査情報標準コード」に変換しデータベースに登録する.徳島県においては,県域で稼働中の医療情報ネットワーク「阿波あいネット」に歯科所見データを蓄積し,県民の同意を得ながら整備を進めていく予定である.

202009_臨床の行方_図

ご遺体の歯科所見採取に関しては,withコロナ対策と迅速化のため,口腔内スキャナーによる3Dデータ採取とAIによる所見分析を用いる.東日本大震災では延べ約2,600名の先生方のご尽力をいただいたが,南海トラフ地震では予想される被害・範囲はさらに大きいうえ,withコロナの問題もあって十分な数の歯科医師が被災地入りできない可能性がある.

そこで口腔内スキャナーによる3Dデータ採取や所見分析を現地で行い,後方の大学病院・歯科医師会・歯科技工所などにデータを送信,3密を避けながら被災の少ない地域の歯科医師にデータベースとの照合による身元確認にご協力いただくことを計画している.

臨床応用に向けての実現性と課題

日本では医療機器は人体に与えるリスクに応じて,薬機法により3つに,また国際分類により4つのクラスに分類されている.われわれが開発中の画像・エックス線解析AIといった「医療機器プログラム」も規制対象であり,多くのプログラムは管理医療機器・クラスⅡに該当する.そのため医薬品医療機器総合機構(PMDA)の承認,あるいは医薬品医療機器等法登録認証機関協議会(ARCB)による認証などが必要となる.

深層学習(ディープラーニング)のAIモデルを開発するためには,臨床の内容に応じた相応の教師データ(学習データ)が必要だが,われわれが歯科所見データを蓄積する予定の「阿波あいネット」には,現在約2万6千人の住民にご登録いただいており,今後,県民の皆様の協力をいただきながら,3年後を目標に診断AIなどの開発や承認,その他の環境整備を目指している.

参考文献
*1 中久木康一,北原 稔,安藤雄一:災害時の歯科保健医療対策-連携と標準化に向けて.一世出版,東京,2015.
*2 江澤庸博,青木孝文,柏崎 潤,小菅栄子:災害と身元確認 -ICT時代の歯科情報による個人識別.医歯薬出版,東京,2016.
*3 JUMP(Japanese Unidentified and Missing Persons Response Team):3.11 Identity 身元確認作業に従事した歯科医師の声を未来へ.BookWay,兵庫,2018.


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