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HYORON FORUM:いよいよ“脱・金パラ”が加速するか?

月刊『日本歯科評論』では歯科界のオピニオンリーダーに時評をご執筆いただく「HYORON FORUM」というコーナーを設け,コラムを掲載しています. 本記事では7月号に掲載した「いよいよ“脱・金パラ”が加速するか?」を全文公開いたします(編集部)

宮﨑 隆/昭和大学国際交流センター センター長

2020年(令和2年)は世界的な新型コロナ感染拡大で歴史に残る年になるであろう.
その陰で,わが国の歯科医療を支えてきた金銀パラジウム(金パラ)合金に対して,“脱・金パラ合金”の動きが加速してきた重要な年でもあった.


歯科用金属と補綴装置の動向


近代歯科医療は,ロストワックス精密鋳造法と米国で規格化されたタイプ別金合金により発展してきた.わが国では金合金の代用合金として独自に金パラ合金が開発され,1960年代から保険診療を支えてきた.
本合金は銀合金であり,銀の硫化による黒色化を防止するために,当時安価な貴金属であったパラジウムを配合し,鋳造性の改善のために高価な金を配合した.金の配合量は社会情勢により2%から20%まで変動し,現在は12%以上になっている.

1980年代に中東の情勢不安により金の高騰が起こり,先進国で金合金の代替としてニッケルクロム合金の使用が進み,わが国でも保険収載された.その後,2000年に入り,ソ連の崩壊によりパラジウムの急騰が起こり,金パラ合金代替の保険適用材料が歯科界喫緊の課題であった.
しかし,当時は材料の強度と成形法としての鋳造の優位性のため,金パラ合金の代替はなかなか実現しなかった.

その後,世界的に歯科技工へCAD/CAMが普及し,ジルコニアが使用できるようになり,審美と価格の両面から脱・貴金属が急速に進んだ.
わが国では他の先進国よりもコンポジットレジンの信頼性が高く多用されていたので,2014年にコンポジットレジンブロックからCAD/CAMで成形したクラウンがCAD/CAM冠として小臼歯に保険導入され,その後,2016年から大臼歯へ,さらに2020年9月には前歯部へと急速に適用が拡大された.

これはわが国の歯科医療にとって画期的なことである.CAD/CAM冠用コンポジットレジンブロックは成形修復用コンポジットレジンに比べて,工場であらかじめ重合を完了しているので,残留モノマーを含まず物性が優れている.
しかし,コンポジットレジンの弾性係数が金パラ合金の1/4程度なので,クラウンには厚みが必要であるし,ブリッジには利用できない.そこで症例によっては金パラ合金に頼らざるを得なかった.


チタン鋳造冠の保険適用


ニッケルクロム合金鋳造冠の保険適用が,2020年3月にやっと停止となり,6月からチタン鋳造冠が大臼歯へ保険適用になった.度重なる貴金属の高騰に対してこれまでは材料費の随時改定で対応してきたが,チタン鋳造冠の材料費は金パラ合金の1/10以下になり,技術料がCAD/CAM冠同様に高く設定されたことも評価される.

チタン鋳造の研究開発は1970年代から始まり,1980年代には実用化され,特に金属床の使用実績が高い.一方,歯冠修復ではこれまでも保険収載への努力はあったものの,金パラ合金に置き換わることができずにいた.

チタン鋳造は超高温鋳造に属するので,特殊な融解熱源に加えて融解時の雰囲気制御や溶湯と鋳型の反応を制御するために,専用の鋳造機と埋没材の使用が不可欠であった.企業側もあえて医療機器として保険適用の希望を申請してこなかった.
しかし今回の保険適用に関しては,長年地道に取り組んできた企業からの協力に感謝したい.

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歯科におけるチタンの応用と脱・金パラへの動き


産業界では各種のチタン合金が使用されている.その中で医療に使用されている代表が純チタンとチタンアルミニウムバナジウム合金であり,歯科用インプラント材料として薬機法の承認を取っている.
今回,クラウン用に保険適用されたのは純チタン2種である.純チタンは極少量の不純物を含んだ合金で商業上純チタンと呼ばれ,規格では1種から4種に分類され,不純物の含有量が増えると硬さや強さが向上する.
純チタンの強度は従来の鋳造用金合金と同程度であり,2種が単冠に適用できる.支台歯形成も金合金,金パラ合金と同じようにできる.

近年普及している歯科用CAD/CAM装置では,チタンのミリング(バーによる削り出し)が容易にできることを強調したい.鋳造は複雑形状を簡単に再現できる便利な方法であったが,目で見える鋳造欠陥のほかに,内部組織や表面に劣化が生じる.
一方,CAD/CAMでは,選んだインゴットの物性が完成品に再現される.今後は,チタンにおいても鋳造ではなくCAD/CAM成形を主流にしていきたい.

チタンは貴金属でないが,表面に酸化チタンの不動態被膜を生成し,チタン原子が溶け出すのを防止している.特に食塩水中でも安定しているため,他の歯科用合金に比べて金属アレルギーの心配の少ない材料である.
また,この被膜を介して,レジンとの接着性に優れるため,コンポジットレジンの前装や接着性レジンセメントの適用にも優れている.第3種や第4種の純チタンを利用すると,ブリッジや大きなフレームワークにも適用可能になる.
したがってチタンを活用することにより,金パラ合金を使用しなくても,コンポジットレジンのCAD/CAM冠との共存により,保険診療で広範囲な修復・補綴装置への適用が可能になる.

今後,脱・金パラを加速させ,保険診療の財源を確保するとともに,引き続き歯科医療を通じて国民の健康に貢献していきたい.


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