自分史的なクリッピング史料
昨日は久しぶりに涼しい?雨日だった。ワンコの散歩もできず、ひたすら家で相手をしていて疲れるけど、やはり可愛い。前の犬の時にかなわなかった愛犬との写真をプロにとって欲しいとずっと思っていて漸く願いも叶いそうだ。前の犬とはできなかったけど、今年から新しく迎えた愛犬とは是非にと考えている。歳をとってから尚更アニマルセラピーにも関心が強い。動物愛護は結構な勢いで叫ばれている。ドイツや韓国等と比べて日本はまだまだ甘いと昨日のラジオでパーソナリティーのコメントがあった。そうだろう、あの狭いショーケースに入れられているワンちゃんたちはある程度成長してお大きくなるとショーケースで並べて見せることができなくなった。日本でも法律は厳格化しているけど、ワンコでも猫でも動物を愛する人たちからすれば、やはり優しい環境の構築がより進化すればいいとは思う。
2024年4月19日 朝日 盲導犬の同伴拒否経験「ある」49%
ワンコは動物を愛玩する人たちだけのものではない。特に活躍する場面も多いと思う。盲導犬はその代表例。目の不自由な人たちのパートナーでもあり家族同然の存在。そんな盲導犬のちょっとした記事に目がいく。日本盲導犬協会では盲導犬ユーザーに実態調査したところ、飲食店や宿泊施設、交通機関で同伴を拒否されたケースが44%にも上るとの結果を発表した。
コロナ禍では減少していたらしいけど、再びその割合が上昇しているという結果に。同協会が言うように、受け入れ拒否はユーザーの日常行動を制約し、社会参加への意欲をそぐ深刻な障壁になっていると聞くと、少々心が痛む。盲導犬は総じて良く訓練されていて他の人に迷惑をかけることはないというのが共通認識。勿論パーフェクトではないかもしれないけど、そうした不安をただただゼロにしたいからという心理は理解できない。
受け入れ拒否の割合はどのように測定するかでその割合・意味は違ってくるだろう。1度でも拒否されたらカウントする方法が良いのか、そのユーザー毎に生活支障割合で示すのがいいのかなどで印象や心象も変わってくる。場所的には衛生面を考えて飲食店が最も多いという結果は十分理解できる。交通機関や宿泊施設ではそれよりはましらしい。でも交通機関では限りなくゼロに近づいて欲しい。粗相をすることだってあるかもしれないけど、移動手段において盲導犬の同伴は無条件であってもいいと思う。
自分は他者でしかない。そして愛犬を有するというだけに過ぎない。だから盲導犬のユーザーに本当に寄り添っているのかと問われればきっとそうではないと否定されるのがオチかもしれない。でももしそんな場面に出くわしたらサポートしたいと思う。犬アレルギーの人だっている。息子も小さい頃からアトピーで今でも通院しているし、犬アレルギーでもある。でも犬は好きで、前犬から今の犬まで、家に帰ってくるとそんなことも気にせず、犬を可愛がっている。そんなことと言っている場合ではないのだけれども。
調査というのはあくまで一部のサンプルを対象に行われた結果でしかないので、それが全てである筈もないことは分かっている。でもやはりその存在はやはり家族の一員だという認識は揺るがない。震災時のケアも含めて、そうした一員をどのように救済して行くのかももっと議論があっても良い気がする。ニャンコでもどうするのか。愛犬家の妄想だと断罪するのではなく、どんな役割を担っているのか?余り目線を上げすぎるのも如何と思うけど、政治家にも日本の福祉という観点から動物の存在をもっと考えて欲しいなぁ。
日本動物福祉党なんてできないかなぁ。有効な有権者が限られてしまうかなぁ。などとつらつら考えながら。
家内の実家は青森。以前評判になったブサカワのわさおを見に行ったことがある。確かにブサカワだったけど、でも可愛いいアイドル犬だった。動物への愛情も絶えない世界であって欲しいと願いながら、少々妄想的に。
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