自分史的なクリッピング史料
昨日は紙芝居をテーマに書いたけど、もう一つ続編で。今、乱読中の中で「絵本とは何か」(松井直著・ちくま文庫)と「絵・子ども・絵本」(中川李枝子著・文春文庫)を読んでいる。絵本とはどういう役割何だろうかという個人的な興味からで、どちらも読んでいると、全くもって清廉な気持ちにさせてくれる。
2018年12月20日 朝日 文化・文芸 絵本好調 祖父母が支える
2020年9月21日 朝日 本の世界への入り口 いつもここに
2018年、出版不況の中、唯一の成長を遂げているのが絵本だと冒頭で。少子化は進んでいるものの、児童書を購入する親や祖父母それを支えていると。いわゆる、シックス・ポケット(両親とそれぞれの祖父母)から潤沢な資金が絵本に投入されていたのだろうか。きっとそれは今でも変わらないとは思うけど、投入先が少し変わってきたりしていないのか・・・ゲームに姿を変えていないのか・・・。
紙の出版物の売上が減少する中、絵本のカテゴリーは上昇しているという
もの。『ざんねんないきもの事典』や『おしりたんてい』などのベストセラーがあったりと、流石にその名前だけは知っている。この時点での分析には
まだ幼児や小学校低学年にはスマホの普及がないとしているものの、今やもっと若年化しているのではないだろうか。また教育熱の高まりも購入者の広がりの背景だと。親世代のデジタル化は止まないとしても、子育てにはアナログな読み聞かせなどを評価しているのではと推察されている。
絵本というのは過去の名著(『いないいないばあ』とか『はらぺこあおむし』など)がその序列を崩すことはなかったけど、ヨシタケシンスケさんなどの新刊書がその序列に変化を与え、好調を牽引しているのだ。何とファッション・ブランドとコラボした絵本もあるという。
想像にかたくはないけど、祖父母の支出は大幅に拡大し、図鑑などを孫にプレゼントするという姿が多いと観察されている。図鑑はまとめ買いだから、当然高価になる。コマーシャル的には各出版社による図鑑戦争に突入したとある。パイの取り合いになることなく売れ行きは伸びているとのコメントも付されている。
この記事では、絵本作家のなかやみわさんのコメントも掲載されていて、大人の気持ちは変わっているけど、子どもの成長は同じ物差しで測れるわけではなく、その子にあった適切な絵本があるはずだし、教育という観点よりも心の安寧効果の方が大きいはず。親と子どものコミュニケーションが絵本によってなされるのだとも。単なる読み聞かせがいいという神話に振り回されることに懸念を表されると共に、大人目線で絵本が創作されているのではないかという懸念も指摘。
後者の記事は作家・落合恵子さんのクレヨンハウスが45年目になったというインタビューとメッセージ。クレヨンハウスの設立の経緯や背景、思いが語られている。そしてクレヨンハウスの果たせる役割は未だ模索中であるというコメントも。自分の好きなことには終わりがないんだなぁと思わされる。
本のある場所を提供し、子どもが大好きな本を1冊探していくという行為から読書が始まるというコンセプト。本から離れる時期があったとしても、本の持つ面白さなどは忘れ去られることはないと。う〜ん、羨ましい。自分は本を読む作業、入り口には立たなかったので・・・。
こうして、一人一人の個性というか、人格というか、そういったものが醸成されていって、個々の違いを尊重できるような人になって欲しいという願いを込めて場を設定したという気持ちは素晴らしい。
図書館などもそういう場であることは周知されているけど、もっと本のリサイクルやアップサイクルを街なかで大きな場を創出できれば、地域の個性であったり、越境的な場の設定もできるだろうと思う。
昔は隣近所に醤油や砂糖を借りに行くなんて当たり前だったけど、本の貸し借りは今でも個々の狭い環境の中でなされてもいるはずだけど、しばらく寝る本も多いだろうし、何か仕組みがあればなぁと思う。それが余りにも広がりすぎると出版業界にも影響があるだろうし痛し痒しではあるけど・・・。