そこから恋は始まりません。
実体験に基づいたフィクションです。
日曜日は一日中、新宿で映画のはしごをすると決めていた。次の映画まで40分も時間があいたので、全国チェーンの中華のヒジャカ屋で食事をとることにした。
中に入ると、20代前半の男性が立って待っていた。私はその男性の後ろに立って待つことにした。
ほどなく20歳くらいの女性店員が出てきて、
「あちらにどうぞ。」
とその男性を奥にある二人掛けのテーブル席に案内した。
(一人くらい、すぐに空きが出るだろう)
と私はボーッと立っていた。すると、奥の方に立つ女性店員がこちらを見ながら、
「こちらにどうぞ。どうぞ、こちらに!」
と呼び掛けてきた。
私は周りを見渡した。カウンター席はもちろんのこと、二人掛けや四人掛けのテーブル席も満席だった。
(そういうことか。混雑時は相席なのか。)
私は奥の席に向かうと、
「失礼します。」
と言って、男性の向かい側に着席した。男性は驚いた表情をしたような気がしたが、すぐにメニュー表に視線を落とした。
男性は注文が決まったのか、テーブルに備え付けてあるスイッチを押した。
「お待たせしました。ご注文を承ります。」
と先ほどの女性店員がやってきた。
「味噌ラーメンと餃子セットをお願いします。」
と男性が言うと、
「味噌ラーメンと餃子セットですね。」
女性店員は手元の端末に、打ち込みながら復唱した。
「……」
女性店員はその場に立ったまま、無言で動かなかった。
「……あのご注文は?」
少しすると、女性店員は不思議そうな顔をしながら私に聞いてきた。
(ああ、私の注文もついでにとりたいのね。)
意をくんだ私は、
「野菜炒め、単品で。」
と注文した。
私はヒジャカ屋で頼むものはいつも同じメニューだったから、メニュー表を見なくても注文することができた。
料理がくるまでは、男性と私はお互いスマホをいじり続けた。真向かいに座る知らない男性との数分はとても長く感じ、私はネットニュースがあまり頭に入らなかった。
「野菜炒めになります。」
私が注文した料理が最初に運ばれてきてしまった。私は申し訳ない気持ちになりながら小さな声で、
「いただきます。」
と言って食べ始めたが、気まずさからか、いつもはしょっぱい野菜炒めの味が薄く感じた。
実際は1分もしなかっただろうか、
「味噌ラーメンと餃子セットです。」
と女性店員が男性の料理を持ってきたので、私はひと安心した。
が、次の瞬間、
「注文した料理は全部きましたか。」
と女性店員が聞いてきたので、私はある事実にようやく気づき始めた。私が顔を上げると、向かい側に座る男性と初めて目があった。
「は、はい、きました。」
と男性が答えると、女性店員は、
「伝票になります。」
と言って、伝票を置いていった。
伝票はどう考えても、1枚だった。
私はおそるおそるその伝票を手にし、その事実を認めざるを得なかった。
1枚の伝票に、味噌ラーメン+餃子セットと野菜炒めが書かれていた。
私はまたしてもおそるおそるその伝票を置いた。
(どうしよう。あの女性店員に二人連れだと思われたんだ。今から事情を説明して、伝票は別々にしてもらおうか。)
向かい側に座る男性は、この状況を受け入れたのか、はたまた早くこの状況から逃げ出したいのか、もくもくと食べ続けていた。
(とにかく食べ終えよう。)
私ももくもくと食べ続けた。私の方が量が少なかったので、先に食べ終えた。
男性は食べ終えると、軽く水を飲んで、スマホをチラッと見ると立ち上がった。伝票をつかんだので、わたしも慌てて立ち上がった。
レジに二人で並ぶと、
「別会計でお願いできますか。」
と私は女性店員に聞いた。
「申し訳ありませんが、混雑時は別会計いたしかねます。」
と女性店員に言われてしまった。
(……)
少しの間があいて、私よりも男性が財布からお札を出すが早かった。
男性は、釣り銭を受けとるとレシートを置いて出てしまったので、私はレシートを握りしめながら男性を追いかけた。
「すいません。払います。」
財布には小銭がたくさん入っていたので、1円単位までキッチリ払うことができた。
「すいませんでした。」
私が謝ると、
男性は、
「間違えたのは店員ですから。」
と言った。
そうして、彼は左側の道を、私は映画館がある右側の道を歩いて行った。
その後観たサスペンス映画の展開に私がついていけなかったのは、何もストーリー展開が早かっただけではないだろう。
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