⑥オートクチュールな彼女はチーププレタポルテな自分に興味津々。
『一緒に食事するならあの人と』
実体験に基づいたフィクションです。
相変わらず皇族みたいなオートクチュールを颯爽と着こなすお嬢としゃぶしゃぶ食べ放題のレストランに着いた。
「どのコースにする?」
お嬢が私に聞いてきた。
1,980円のコースだと注文できる肉の種類が2種類しかなかった。かと言って、高級な豚肉や牛肉を含むコースだと4,980円。それは私のお財布に優しくなかった。
「2,980円のコースでもいい?」
私がお嬢に聞くと、お嬢は軽くうなづいた。
ピンポーン
「お待たせいたしました。」
私がテーブルの上に置いてあるインターフォンを押すと、若い男性店員が私たちのテーブルにやってきた。
「あのう、この2,980円のコースでお願いします。」
私がそう言うと、
お嬢が、
「ドリンクバーも2つお願いします。」
と付け加えた。
私はお嬢と初めてファミレスに行った日のことを思い出した。
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スパゲッティーを頼んだお嬢に、
「ドリンクバーどうする?」
と私が聞いたところ、
「紅茶がいいわ。」
とお嬢が言った。
「紅茶もドリンクバーに入っているから、ドリンクバー2つでいいね。」
と私が言うと、
お嬢は、
「私はドリンクバーじゃなくて紅茶がいいの!」
と言ってきた。
私は、298円支払うとメニューに載っているすべてのドリンクが飲み放題になることを“ドリンクバー”と呼ぶことを教えた。
私は、お嬢がドリンクバーの制度を理解したと踏んで、ドリンクバーを2つ注文した。
すると、お嬢は店員に、
「紅茶は食後でお願いします。」
と言った。
店員が困っていたので、
「私がやるから大丈夫です。」
と私は慌てて店員に答えた。
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(お嬢も成長したもんだ。)
私は関心した。
「あのう、すいません……」
若い男性店員が話しかけていたようだ。
「あっ、なんでしょうか。」
私は慌てて聞き返した。
「鍋のダシは何にしますか。」
お嬢と私はメニューを見た。
「えーっと、私は柚子塩をお願いします。お嬢は?」
「私も柚子塩でお願いします。」
とお嬢が言うと、
若い男性店員が、
「ダシは二種類選べるんですよ。」
と言ってきた。
「私も彼女も柚子塩を食べたいんで、柚子塩2つで。」
と私が言うと、
「鍋が2つに分かれていて、二種類のダシを選ぶと2つ分の味が楽しめるんですよ。」
と若い男性店員はさらに説明してきた。
店の外ののぼりやメニューに載っている鍋の写真や説明文を見ていたので、私もお嬢もそれを知っていた。むしろ、それだからこそ敢えてこの店を選んだのだ。
私は少しイライラしながら、
「あのう、この人が箸を入れた鍋を私は食べたくないし、彼女もそれは同じなんです。別々に鍋を食べるから、ダシがかぶっちゃってもいいんです。」
と言うと、若い男性店員の顔は硬直した。
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育った環境も服装も言葉遣いもまったく異なるお嬢と私は、学内で仲良く話していると、まわりの学生や先生からも不思議がられた。
でも、私とお嬢には共通点があった。
複数人が各々の箸を使って、一つのお皿から食べる行為ができないのだ。
その事件は学食でみんなで楽しく食事をしていたときに起こった。同じ学部の友人が私に、
「一つ貰うね。」
と言ったと思ったら、私が返事をする前に、私が食べていたお皿のから揚げの一つに箸を突き刺していた。私はそのお皿が汚染されたような気になって、食欲が途端に失せた。
見ると、お嬢も呆然自失としていた。お嬢も彼女の被害者だった。お嬢にとっては生まれて初めての“一口ちょうだい”攻撃だった。しかも、こちらが承諾する前に箸を突き刺す、かなり悪質なバージョンだった。
「次の講義が始まるから。」
と他の学生たちが次々立ち上がる中、お嬢と私はポツンと学食に残った。お皿の中のおかずは互いに手付かずだった。少しすると、お嬢と私は目が合った。
(この人の前でしか、私は食事が摂れない)
お嬢と私は互いに同じことを思っていた。
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「この前、テレビで旅番組を見ていたら、私たちと同じ方がいたわ。」
お嬢は鍋の肉を取りながら話し出した。
「蛭子能収さんって方も、自分のお皿にのっている食べ物を女優さんに食べられて、その後、まったくそのお皿にのっている食べ物が食べられなくなって可哀相だったわ。私、あのおじ様とだったら、一緒に食事できるわ。」
お嬢は嬉しそうにしながら、お肉を口に運んだ。