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オーストラリアでテレビデビューした話。-中編-

実体験に基づいたフィクションです。

機内に持ち込んだ小さなバッグのチャックを入国審査の男性スタッフは勢いよく開けた。

彼がまず目をつけたのは、クリニックで処方された薬袋だった。

(やっ、やばっ!)

いきなり大ピンチが訪れたのである!!

入っている薬は、マイスリー、レンドルミン、デパスだった。

ええ、わかる人にはわかるであろう。

これらは抗不眠薬、抗不安薬、抗うつ剤である。

ちょうど勉強や研究に行き詰まっていた時期、友人の一人が亡くなった。身近な人の死を初めて体験した私にとって、それは手放せないものであった。

そのスタッフは、
「これは、何の薬だ⁉」
と聞いてきた。

私は、
「えーっと、えーっと、ヘッドエイク(頭痛)、トゥースエイク(歯痛)、ストマックエイク(胃痛)。」
知ってる英単語をどうにかこうにか並べた。

「Good idea!日本人にはオーストラリアの薬は強いからな!日本の薬を準備するなんて良い考えだ!」
とそのスタッフは、カメラを意識しながら親指でgoodポーズをとって、私にウィンクした。

しかし、彼とのやり取りを分かっているのか分かっていないのか、カメラマンは薬を大写しにした。

(うわうわうわ、放送事故!)

私は、ワーホリビザ申請時、うつ病の項目にNOと答えていたのだ。こんなのが放送されたら、私は終わりだ!2ヶ月間、オーストラリアにいられない!日本に帰される!

私の動揺がまだまだ続いているのに、彼は次の獲物に目をつけていた。サプリメントだ。

(それは、大丈夫。余裕余裕。)

彼は、袋を開けて一粒取ると匂いをかぎ、険しい顔をした。カメラマンも彼の顔とサプリメントに近づいている。

(ああーーー!しまった!!)

彼が取り出したのは、ブルーベリーのサプリメントだった。

妖しげな光沢を放つパープル色のそれは、先入観なしにみれば、イケないクスリそのものだった!

(いやーーー!持ってくるんじゃなかった~~~!)

「アイ(目)にグッド(良い)」
私は涙目になりながら、必死に効能をアピールした。

彼の目は物語っていた。
「こいつ、バカなんじゃね?」

(あー、バカでいいです。バカでいいですとも。この状況を切り抜けられたら。)

カメラマンは、DHCのサプリメントも大写しにした。

(日本に帰ったら、「DHCのサプリメントをオーストラリアに広めてくれてありがとう。」とDHCの社長にお礼を言われて、一生分のサプリメントをプレゼントしてもらえるだろうか。それとも、巨額の賠償金を請求されるだろうか。)

薬とサプリメントの動揺が収まらないうちに、私のバッグに入っていたビニール袋を、彼は持っていたナイフで大きくノの字にスパッと切ろうとしていた。

「セイリ!ゲッケイ!NO!トイレット!ブラッド!」

私はもう泣きわめいていた。私は生理真っ只中、異国の地で生理用品を全滅させられそうになっていたのだ!

それまで静かにことの成り行きを見守っていた女性スタッフが止めに入ってくれたときは、安堵よりも、
「何、このイジメ!」
と、男性スタッフを睨みつけていた。

男性スタッフは悪いことをしたと反省したのか、
「誰か迎えに来ているのか?大丈夫なのか?」
と私の身を案じてくれて、ようやく入国審査は終わった。

lost baggage、テレビカメラ、入国審査。怒涛の攻撃に私はフラフラになりながら、迎えに来た仲介業者の車に乗った。

だが私はこのとき、まだ気づいていなかった。

カメラを意識してかっこつけていた男性スタッフに、私の大事な物を捨てられていたことを。

(つづく)

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椎良麻喜|物書き(グルテンフリー/小説/エッセイ/写真)
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